水俣

ローズフェスタ2011 水俣エコパーク

Img_5000 水俣のバラ園が香りはじめました。今年は、なかなか暖かくならなかったので蕾がつくのが遅かったみたいです。5月10日あたりがピークのようですが、すでに咲き始めていますので初々しいバラを見ることができます。全国でも珍しい無料のバラ園です。今年は英国風にバラ園全体をモデルチェンジしていますのでぜひ連休中にお越しください。園内は、バリアフリーで駐車場もエコパーク内にたっぷりありますのでご心配なく。

あやもchick

平和市長会議/長崎

 核兵器廃絶を目指す国際NGO「平和市長会議」の総会が開幕した7日、長崎原爆資料館で、長崎平和推進協会継承部会の吉田勝二さん(77)をモデルにした紙芝居の上演と、吉田さんの被爆体験講話があり、総会参加市長らが聴き入った。
 紙芝居は、吉田さんの被爆体験を聞いた長崎市立桜馬場中生徒が06年にまとめた文章や版画を基に作成。市民グループ「ピースバトン・ナガサキ」のメンバーが英訳して読み聞かせた。
 上演には、吉田さんも同席。紙芝居後に、爆心地から約850メートルで被爆して顔などにやけどを負い、差別を受けた経験などを語り「平和の原点は人の痛みがわかる心を持つこと」と呼びかけた。
 イタリア・フィレンツェ市長代理で参加した女性は「感動した。(平和市長会議で)世界の代表がネットワークを作り、話し合うことはお互いを深く理解できる」などと語った。

以上「毎日新聞より」

 私の故郷長崎市の記事である。昨年、縁あって原爆落下中心地周辺をピースバトン・ナガサキの方達に案内をしていただいた。そして、今年3月初旬にピースバトン・ナガサキの皆さん4名と吉田勝二さんは水俣を訪れ、NPO法人水俣教育旅行プランニングが行った市民講話者講座の一コマを受け持っていただいた。その折に吉田さんの紙芝居を披露していただいた。子供にもわかりやすいようにと心を砕かれている使命感を帯びた皆さんの気持ちが伝わってきた。きっとこの人達は、自分のの想いをそして被爆者の方の想いをどのように上手く若者に伝えられるかをライフワークにされていることがビンビンと感じられた。今も私はピースバトンの方達と親交を温めてさせてもらっている。長崎にそのままいたとしたらそういう機会があっただろうか?水俣が私と故郷を近づけたと言ってもよい。水俣とはそういう土地なのである。

あやもchick

1956年5月1日は何があったの?

そろそろ風鈴が似あう季節が近づいたようですね。久々に朝から散歩に出かけました。今日はエコパーク一周コース。親水護岸の芝生はいつもより丹念に手が入れてありいつも傷みが激しい環境に優しいボードウォークもきれいに整備され、水俣病慰霊碑がある中央には大きいテントが張らされていました。澄んだ海の底にはフクロウノリ、2メートル程もありそうなひじき、そして護岸には稚魚が群れていました。きらきら光る海面をじーっと見つめていると・・さくら色した鯛たちがごよごよきらきらやってくる 車えび わたりがね とんきゅいか もんこいか・・かぞえあげればきりがない そう!まるで石牟礼道子さんの「みなまた海のこえ」から抜け出たような光景です。きっと昔はまだまだたくさんの生命があふれていたんでしょう。ご存知でしたか?埋め立てになってしまった水俣湾の港は昭和28年には建設省によりモデル港湾都市に指定され昭和31年5月1日は水俣港が貿易港に指定され世界市場への輝かしい開港のスタートを切った記念の日です。もう一つ象徴的な出来事として水俣病公式確認の日とされていますが

疑問を持つのは私ばかりでしょうか?この地域では昭和24年から5カ年計画で開港を迎える準備が着々と進められる中、もう一方では工事のためかき混ぜられた汚泥によって生命界を脅かし始めていました。海が病み始め魚介類が死滅、やがて鳥、猫、犬、家畜、とうとう人にまで被害は及びすでに43名は患者さんが確認され、十数名のかたは亡くなられた状況が現実としてあったのです。なぜ何年も置き去りにしたのでしょうか?市制がスタートして近代都市建設を目指す水俣にとって賑わいを増す港のかげに水俣病の発表は秘かに・・なんて思ってしまいました。あらためて名も知れず犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします。

カメノテ100年目の受難の日

時が経つのは実に早いものですね。また日曜日ですバイ!コミリです。お約束しましたお散歩実況中継のつづきです。再びカメノテさんに登場してもらいましょう。ほらほら海の中にいる時間が長くなるにつれこれまでぴったり閉じた口が開きはじめましたよ。むむっ?中からなにやら伸びてきました。えーっ!波が打ち寄せるたびにひょろひょろとまるで手のひらをいっぱいに広げたようなものです。カメノテは海老、カニのお仲間らしいのです。伸びきった触手を使ってプランクトンを食べているのでしょう。でもすぐそばのカメノテは海の中でも口を閉じたままなのですが・・。お腹いっぱいなのかな?それとも死んでる!なぞが深まるばかりのカメノテと握手をしてみたいと思うのはコミリだけなのでしょうか?指をしばらく海に浸してカメノテの体温に限りなくちかくするのがコツですよ。さっと握手を交わして別れを告げました。食事中にいきなり掴まれたのがショックだったのでしょうしばらくは口を閉じたままでした。カメノテさんごめんなさい。

春の大潮は生命力にあふれています。すっかり引いた浜辺に立つとミシミシ、パッン、ジワジワと岩陰から音が聞こえてきます。足の踏み場も無いほどちっちゃいマツバガイやウノアシの赤ん坊が海草にしがみついています。ちょっと失礼してひっくりかえしてみるとなんと体まで緑色になっていましたよ。ちゃんと元に返してあげました。

市民講話者養成講座2009 第6回

 今日(3月4日)は長崎ピースバトンのみなさんを招いての講座です。
私にとっては、郷里長崎の人々ですが、人生が面白いのはこういうことで水俣に住むことによって近くなった方たち。学生時代プラス23年間は縁が無かったにも関わらず水俣のまちづくりに関わることから長崎の被爆について再び考え、知ることができました。水俣って自分自身を含めて人間の本性というかコアを引き寄せる力があるな~と思います。平成20年度は色々な人との出会いによって沖縄戦、対馬丸撃沈、長崎原爆、先住民(インディアン)について身近に引き寄せられました。

 0903040118 まずは、受講生と講師としての長崎の方たちに水俣の環境取組みと体験の場を見て現状を把握してもらうために湯の鶴喜久屋旅館さんの協力を得てバスを出していただき水俣ツアーを実施。みなまたエコタウン(家電リサイクル工場とびんリサイクル工場)見学→愛林館見学の道すがら、資源ごみ22分別、水俣のグリーンツーリズム、水俣病等について解説しながらのツアーでした。ピースバトンSさんには愛林館で山葡萄のツルでできた(良い値ながらこのツルは長持ちするので確実に一生モノと思います)ハンドバックをお買い上げいただきました。

  0903040162水俣病資料館に到着後はピースバトンのみなさんに長崎での継承活動についてパワーポイントを利用して解説いただきました。調さんが受講生と語り部が知りたいポイントを上手くまとめていただき「自分たちの活動を外部の人の活動を知ることによって知る」ことができ刺激になる時間を過ごすことができました。昨年長崎原爆資料館で白鳥さんから「焼き場に立つ被爆した弟を背負う少年」については、背景から展示方法に至るまで詳細を聞いていましたが、私にとって最も気になる写真です…。

0903040130◆長崎での課題(ピースバトン調さん発表)
  ガイド対象者の大半は長崎県外からの修学旅行生だがもっと地元の子どもたちにも市ってほしい。ありきたりの平和学習ではなく興味を持たせるような学習方法が他にないだろうか。また、親も先生も戦中を知らない世代に入った。学校からの依頼がなくても先生の集まる会議で朗読する試みをしている。

 現地研修での問題点として「目的意識を持たないと単なる時間消化に終わってしまう」「学習以外の移動時間によるロスが大きい」「事前と事後学習の重要性」があがり、これらはほとんど学校や教諭側の課題とも言えますが、現場にいる私たちとしては、「学校だけに任せるわけにもいかない!どうにかして伝えなくてはならない。」と思っていますので平成21年度事業に向けてのアイディア出しであったとも言え有意義な時間でした。

 0903040177 最後は語り部の吉田勝二さんのお話しです。桜馬場中学校の生徒たちが描いた紙芝居で勝二さんの被爆から退院してから長崎での出来事が表現されています。被爆したときに田んぼのドベに叩きつけられたおかげで命があったそうですが、右半身は被爆によって皮膚の深部までズルッと落ちてしまいました。真夏の太陽が焼け落ちた肌に照りつけるので葉っぱをくっつけて浦上川までたどり着き、かろうじて喉の渇きに絶え夕暮れ頃に意識を失います。南山グラウンドに包帯でぐるぐる巻きにされ寝かされている被爆者から両親は意識の戻らない勝二さんを探し当てます。壮絶な入院生活から開放されますが、ひどいやけどと右の耳がないことから周囲の人たちの心無いとも言える反応から家に引きこもりはじめます。泣く勝二さんにお母さんは叱咤激励します。そう言えば両親が子どもに叱咤激励するって光景は最近ほとんど聞かない、見ないですね。冷たいともとれる両親ならではの深い言動だと思うのですが。そこから勝二さんは活路を見出すともいえますから、お母さんの話しはあまり出ませんでしたが感謝しているのだろうな。と推測します。
最後は勝二さんの息子さんが書いた作文を朗読して終わりました。勝二さんのやけどによって友人からからかわれお父さんと疎遠になる息子さんが父を自慢する息子に変化していきます。勝二さんも息子さんも現状から逃げなかったから到達できた心境で心に残りました。

 0903040193 講座修了後は、湯の鶴での意見交換会に入ります。大多数の水俣市民がなぜ水俣病について堂々と語れないのか、というところがなかなかピースバトンの人にとっては理解に苦しむ部分だったようです。ほっとはうすの加藤さんや石牟禮さんのお話しから理解するための何かしらの糸口はいただけたようですが、これからも考えていきたいと感想を述べられていました。

あやもchick

市長 と お花と ご婦人方

筆:小田 実宇

Photo水俣駅横のふれあい広場でお花の苗が配られるという情報を聞きつけ、飛んで向った。それが一体どういった企画でどこが主催なのかもわからないまま、もらえるんならもらっとこうというところだ。

広場は既に長蛇の列。見ると既に苗を持っている人も多くいて、並びさえすれば制限なく持ち帰れるらしい。

スーパーの特売サラダ油とはちょっとルールが違うみたいである。

したところが、配っているのは宮本市長ではないか。

「宮本さんじゃないですか」

「おお、やあ、ははは。」

市長直々にお花を手渡され、中にはほとんど拝んでいるようなおばあちゃんも。

せっかくなので最後に記念撮影を、と市長に頼んだところ

配ってくれた皆さんもご一緒に、ということで(さすが!)

モテること モテること、

ご婦人のみな様、もう 市長にくっつきひっつきほうだい。

「あ~久しぶりに市長にさわっちゃった!」

もはや神仏か芸能人レベルだ。

人気が全てではないですが、やはり人徳のたまものであろうか。

仮に避けられ疎まれ嫌われるような市長では、やはりさびしい。

市長に手渡された金魚草は付加価値が生まれるかもしれないので

大切に育てよう。