環境学習

水俣芦北地域への教育旅行誘致

Dscf2317 6月末の九州誘致に引き続き、広島県誘致に行きました。私は、以前営業職をやっておりましたが、全く業種が異なる修学旅行への営業の勘所が徐々についてきた感じがします。どのように実施しているかは、企業秘密(!?)ですが、日本のあらゆるところで行政マン主導型で実施している誘致は、やめたほうがよいな・・・奇跡的な行政マンもいますから一般的に…ということで解釈お願いします。という感想を私は持っております。
最前線で営業している先輩諸氏にとってはおったまげたくなるようなやり方まあ、やり方のみではなくお行儀も話しのもって行き方もですけどですもの・・・。「営業」って人と直接に係わりながらなので向き、不向きが当然あります。外交的な人が向いているのかというと違いますしね。基本、調整型の世界にどっぷりと浸っているというかそうならざるを得ない土壌で培われた人がいきなり主張しだすとろくなことはないと言ってよいでしょう。これはお役所批判と言うよりも適材適所の話しです。だって私なんぞ、「調整しろ」と言われてもこめかみにピキピキッと筋が通って、土台無理ですものね。まさしく、役所勤め不適格人間です。役所勤めが親戚に多いのですが、両親は私に「おまえに役所はムリ!」って断言していましたもの!だから、「熊本県職員の方がお話しするべきところ、NPO法人水俣教育旅行プランニングがお話しすべきところは、今後も成果をあげるためにしっかり相互理解しなければいけないな。」と思っております。まさしく、パートナーシップというものです。

Dscf2319 かなりタイトなスケジュールだったので、お土産を買う気力すら残っていなかったのですが、広島発のぞみの発車5分前にかろうじてすべりこんだ改札内のお店で「あなご寿司」を買うことができました。美味しかったですよ。だけどJRの宮島口で買った「あなご弁当」には追いついていないな~。誘致が実った暁には、また食べたいものです。

あやもchick

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水俣教育旅行的新社员

公司正好一个月,我像刘姥姥进大观园刚开始每天真是左右不分,更提不上能做什么了。(遗憾)我作为对中国,台湾,新加坡,等方面的业务方面来到了旅行社。(因会中文,中国出身的也是理所当然的了)scissors
首先,公司的联系方式,是非常富有弹性的,大家每天都在看电脑的邮件及计划表。那里会告知你一个的方案,在此基础上再确认怎样去做。这就是现代化的工作方式,公司人虽少但是我没想到效率能有这么高,特别是年轻的女孩子好令人佩服哦!!!她们除了费心的带我,每天还能做那么多的工作,外表看起来她们手脚不忙,有条不稳,但短短的时间没想到那么多复杂的事情都得到了解决。w(゚o゚)w(要是我再努力也得要干上一星期吧)
从现在起我有时要写一些中文文章了,希望能有同更多的朋友交往。

xiaoli

記事の補足(MIU)

上記は、スタッフ・中国人の永野麗子さんの記事です。

文字化けではありません。

便利な世の中、ネットの翻訳を使って、中国語等さっぱりわからない私でもおぼろげながら理解できました。

何となく自分も褒めてあるようなのですが、とんでもありません。
永野さんにゃぁかないませんよcoldsweats02

→永野さん詳細はプロフィールへGO!

http://www.mkplan.org/member/mkpmember.html

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環境学習ってなんだろうか

Photo 先週は福岡県、佐賀県、長崎県に熊本県職員と芦北町職員とともに修学旅行誘致に行ってきました。学校によって修学旅行の位置づけはずいぶんと異なります。いつも持っている根本的な疑問…。いったい「環境学習ってなんだ?」ということですね。たぶん私自身が常に抱いている「環境ビジネスは本当に環境のためのビジネスなのか?」ってところとも共通します。環境ビジネスは、過剰に保護することなく行政が舵取りをしないとすでに「お墨付きの新たな廃棄物を生み出す産業」になっている部分もあるようです。実際にみなまたエコタウン企業は、廃タイヤと廃プラの企業がこけてしまっています。エコタウンガイドの際には、一般市民ガイドらしく包み隠さず、市民の目線で説明しているつもりです。そして、水俣での環境学習に戻ると以前は、「公害学習」と呼ばれていたものが「環境学習」という呼び方に変化しています。「大きな意味合いにするため、グローバルにするため」なのでしょうが、そのために一番問題だったところが薄められているのを現地水俣に住んでいる元よそ者の私は強く感じます。
直接学校に誘致でお邪魔した際、先生には時間の許す限りその辺りまで話したいと思っております。今週は広島県に行って来ます。

あやもchick

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石牟禮智さんのお話し

Dscf2077 今日は、石牟禮智さんのお話しから展開する研修を行いました。目的は、石牟禮さんご自身が課題として持っていらっしゃる「人に上手く伝えるためのスキルアップ」とうちのスタッフが「北朝鮮の興南工場(チッソ)時代のお話しを聞く」という2つの側面を持った研修です。
最後はお忙しい中を来ていただいた石牟禮さんのスキルアップにきちんとするため宮田さんにお話しをどうまとめるかというヒントを30分話してもらいましたが、私自身も勉強になりました。石牟禮さんの話されるチッソのお話もよいのですが、ならではの話しは、戦争にまつわるお話し戦後、興南工場内では、朝鮮の人と日本人に立場の逆転がおきます。住むところもオール電化の一軒屋から二間の長屋暮らしに…。戦後世代の私たちには想像しづらい現実がありました。のようです。
私たちガイドもそうですが、若い人たちに話したい事、伝えたいことの引き出しが増えてくると多くのことを伝えたくなり、欲張りすぎにより、肝心なことが伝わらないという残念な結果が起こりがちです。この現象は、人前で言葉を道具にして自分のこと等を伝えなければならない「語り部」「環境ガイド」には特に大きな課題です。今後もこのタイプの研修は、地道に続けていきたいと思っています。

あやもchick

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NPO法人水俣教育旅行プランニング 新人職員歓迎会!

20090602190547 事業のエリアを鹿児島県出水市に広げていることや、韓国、台湾からの環境学習旅行を誘致するために、新しい職員が入りました。出水市から通う職員も居るので、出水市の駅の近くにある「魚松」で、歓迎会をしました。歓迎会には職員の子どもも参加して、「あみだくじ」による景品も出しました。景品は水光社から私が適当に、家庭用品をあれこれ集めてきました。一番良かったものは1500円程度の小さなライトでした。当たった職員は喜んでいました。

  今年は夏から忙しくなりそうなので、「この辺でちょっと一休み」のつもりもあって、歓迎会をしました。ついでに私の連れ合いの誕生日でもあり、小さなプレゼントも渡しましたが皆で「ハッピーバースデー」を歌ってごまかしました。なぜか幹事役を務めたおかげで、いつもよりビールの量は少なめでした。兎にも角にも、「今年もがんばろーね!」でした。写真は、宴会の前に仕事をさせているシーンで、「私たちが誰の役に立っていると思う?」と言うアンケートに、職員がまじめに書いているところです。「なんだこれー。アンケートやめろー。」「腹減ったー!」の声ありでした。
               トシオ

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主婦が学ぶ水俣

  Dscf1914_2 5月14日(金)に島原で活動されている「ゆずの会」のみなさん15名が水俣に来られ、ガイドをしました。ゆずの会メンバーで長崎ピースバトンのメンバーでもある中野さんの導きで来られたようです。福祉活動をされているのでご興味はあるかと思いますが、旅行となるとなかなか訪れることは少ないでしょう。
まずは、百間排水口に降りたち説明をします。竹林園を通過しながらのガイドでしたが竹の真夏に近い日光を竹がサワサワと遮ってくれてなかなかよい感じでした。車椅子の通行については問題がないようです。ただ、足の悪いかたにとっては距離があるようです。うむむ。
百間排水口→竹林園→バラ園予定にはありませんでしたが10分だけ。満開のバラ園に出会う機会はそうないのでバラの芳香に喜んでいらっしゃいました。→親水護岸→慰霊碑→資料館→クリーンセンター→美貴もなか3月に来られた中野さんのお薦めで!帰り道に寄られたようですというコースです。
Dscf1950_30 ほとんど主婦の方たちだったのですが、島原に持ち帰りたいという意味でクリーンセンターに強い興味をもたれていました。島原市のごみへの取組みが非常に遅れているそうで、有村さんは様々な質問攻めにあいました。私も質問攻めにあいましたが、質問が出るということは「興味がある」「知りたい」ということであり、ガイド冥利につきます。最後に記念撮影をして元気に水俣を後にされました。ありがとうございます。

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意志は無いけど、石あります。

 久々の休みの様な気持ちで、午後5時頃から水俣湾を見ながら、のんびりと親水護岸を一人で散歩してきました。それと言うのも2週間前の破砕手術に続いて、昼から腎臓結石の破砕をやってきたために出来た時間でした。ご承知の方も多い方と思いますが、尿管結石の痛みは「痛い!」のです。2年か3年に一度は、1センチ程度に成長してくれるのですが、その位になると自分では流れてくれません。尿検査やレントゲン写真を撮って、30分程度「バッシ!バッシ!」と言う音と伴にやってくる、激痛に耐えなければならないのです。あれは何をぶつけているのでしょうか?高周波と聞いたこともあるのですが、内臓とか骨とか関係ないのでしょうか。まーいいか。

その30分の間に考えたことは「あと、5分か?あと10分か?」「3000発と言っていたけど、今1000発かな?」「何か、音楽でも流してもよさそうに」「この機械っていったい幾らだ?年に何人の手術をするのかな?耐用年数何年だ?償却は?イテ!」「夜中に起きる激痛に比べたら、こんなもの・・・イテ!」などなど。

それに比べて、今日も水俣湾はきれいでした。恋路島の周りには光があり、遠く霞んでいる天草の島々が優しく見えていました。あー。でも、今夜も一杯飲んじゃいました。

としお

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明神の海

Cimg0339 水俣教育旅行プランニングサポーター?コミリです。これから度々登場しますのでよろしくお願いします。何でもじっくり観察することが大好きです。あまり行動半囲は広くありません。我が家の子猫、プクプクちゃんとおなじぐらいかなぁ(テリトリー争そい?)さぁさぁ散歩散歩・・私の散歩基本コース①熊本県環境センター、明神海岸、明神さんです。

オプションで②親水護岸③水鳥の池④実生の森⑤水俣湾埋立地一周もあります。

①基本コースの出来事より

観察日 2009年4月10日(金)

場所 明神海岸 

時間7:30

不知火海に突き出した岬の先端に明神さんがあります。すぐ側に熊本県環境センター、水俣市立水俣病資料館、国立水俣病情報センターまであるのです。なんと我が家からおよそ2分ほど。

途中で立ち寄って必ず覗き込むスポットは天草の島々が見える椿の木とタブの木の間。そして真下に見える海岸の様子を覗き込む。「ほぅ今日は海の水の澄み切ってきれいかね。ちょうどよかアンバイに潮の引とる」と内心にんまりしながら、海岸に続く道へと足を速めるのです。

海岸に降り立つと不思議の世界が待ち受けていますよこれからはコミリの観察と探求のはじまり。まず最初に紹介したいのは、カメノテさんで~す。興味がある人は磯に行ったらみかけると思います。岩の間に集団でびっしりついて、ぴったりと口を?とじた『かめの手』そっくりのカメノテ。海が満ちて潮がかかり始めたそのときから様子が一変します。閉じた口が少しづつ・・・つづく。

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環境学習、体験学習受入れ者へのアンケート

 水俣で環境学習や体験学習を受入れている方たちを対象に昨年度アンケートを取りました。その内容についてアップいたします。
アンケート対象者は、村丸ごと生活博物館、福田農場、水俣環境ガイド、施設管理団体、水俣漁師、水俣病患者支援者です。

1、 やりがいや喜びを感じるのはどういうときですか?
公園(エコパーク)に来てくれた方々が嬉しそうにしているとき。
子どもたちの顔が学びを得たときの充実感に満足した様子が見えたとき。
現地にこなければ見えないことに相手がきづいたとき。
こども、参加者が夢中になってくれるとき。
案内を終了したとき。後で礼状をいただいたとき。
水俣は思っていたよりも美しいと言われたとき。
出来上がったときの喜びの声でやりがいを感じます。
子どもたちの喜び、笑顔。
「楽しかった」「おもしろかった」「いい作品ができた」などの声が聞けたとき。
船に乗せたときの子どもたちの顔がいきいきしたとき。
喜んでもらえることが喜びです。
水俣のこと、水俣病のことなど色々と話していくうちに話しが通じたなという表情が見られたとき。
生徒たちが話しをよく聞いてくれるとき。
クレームなしで無事に終わったとき。感謝されたとき。

2、気をつけていることは何ですか?
時間のロスを無くす。アレルギーや忘れ物。(料理づくり体験)
笑顔で対応すること。
怪我のないように海では特に言葉をかけるようにしている。
安全第一で案内すること。
怪我のないように、時間内に終了すること。
怪我、トイレの時間、言葉づかい。
不快な気持ちにさせないこと。
自分の言葉で自分に素直に話す。
話す言葉が理解してもらえるようにする。
マンネリにならないようにする。
体調管理。万全な精神状態で臨みたい。
事故。

3、負担を感じるときはどういうときですか?
ない。土日でも受入てよいです。
現地を無視した勝手なイメージで行程を組み立てられたとき。
知識、経験が浅いのでそれ以上のことを要求されるとき。本業が忙しいとき。
色々と注文を受けること。
ネタ不足のためにバス移動時間が長いとき。朝が早いとき。
時間。
人数が多いとき。体験時間が短いとき。
特になし。
騒がれたり、遅くまで起きていられるとき。(民泊)
行程が長くて話しがとぎれるとき。
同じ日に学校がぶつかったとき。

4、困ったことはなんですか?
終了時間が迫ってきたとき。
人が集まらないとき。手元の材料を活かしきれないとき。
案内中の病気や体調不良。
水俣に公衆便所が少ないこと。
なし。
天気が一変したとき。
予定がずれたとき。
天候が悪いときが少し困る。
怪我、病気が一番心配だがバックアップがあるので心強い。
事前の打合せと違ったとき。
設備不足(トイレ)。

5、その他要望をお書き下さい。
時間に余裕を持ってもらうこと。
私たちでできることがあったら何なりとお申し付け下さい。私自身も水俣について勉強させていただきたい。

 受入れをしている人たちは、本業が修学旅行に直接関係している人もいない人もいます。みなさん本業に関わらず水俣を訪れた人たちに真剣に何かを伝えたいと思っています。これらの人たちを代表して今後ともよろしくお願いします。

あやもchick

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鹿児島県出水市にも修学旅行を呼びたい!

 昨年から鹿児島県の出水市に、修学旅行を誘致する事業に関わっています。冬になると出水市には、遠くシベリアからナベ鶴が1万羽以上も飛んで来ます。また江戸時代に造られた薩摩藩の武家屋敷も保存されており、見学もできます。
 しかし最近では観光客も減り、大きな工場が閉鎖になるなどビジネス客も減少しています。そこで、「九州新幹線が再来年の春に開通するので、大阪など関西から中学生の修学旅行に来てもらおう」と考えて取組を始めています。
 出水市に修学旅行でやって来てもらうために、「農家民泊・民宿」を提案しました。また地元の子ども達と交流してもらう、学校交流も提案しています。昨年から集まりを持って話し合いを進めていますが、農家の方や市役所の方々がとても熱心で感心しています。大きな企業の撤退や商店街の疲弊など、地域の課題が山積していることもあり、地域を守ることに必死なのだと思います。
 水俣には全国から水俣病や環境学習で、多くの修学旅行生がやって来ますが、二つの地域で連泊してもらい、様々な人と出会いながら学習をしてもらえる日もそんなに遠くないと思っています。
 以前から「環不知火海沿岸地域の連携」を考えていましたが、最近長島町の方からも相談があり、天草市御所浦町の化石発掘、芦北町のうたせ船体験などなど、何となく波静かな不知火海をぐるっと回る体験学習、体験観光の連携が始まりそうです。
としお

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ガイドブラッシュアップ研修 byなこさん

水俣芦北でのガイドを訪れた人たちにより効果的に伝える講習。ここでいう効果的ってのは、上から下ろした感じの講義的ガイドではなく、子どもたちの発見や驚きや感動等で脳を活性化するようなものを言います。そのためには、持っているツールを上手く使用できなければならないですよね。038 そういうことを言うと、「技術に頼っているんじゃない?」などという人もいますが、そういう人に限って一方通行の講義形式(講義形式を否定しているのではなく、「教えるプロだろ?!それだけかよ?!」って感じですねpout)が好きだったりする。伝え方にこだわるってのは、教師、語り部、ガイド、インストラクター、あるいは行政…特に人に伝える作業を生業にしている人々には必要な技術だと思うね。言葉っていうのは、一流の作家からしても知識、感情の一部をあらわす事しかできない限界のあるコミュニケーションツールだからさ。

いきなり愚痴めいた話しです。
ああ、これは先日参加したプレゼンのつまんない質問に起因しています。

上は貝汁の美味しい食事どころ「南里」さん(水俣市袋 国道沿い)が弁当ガラが出ない「わっぱめし」を紹介して下さっています。使い捨て弁当箱を持参してくれています。ほかにもマイ箸スタンプ等水俣らしい環境に配慮した商売を工夫されています。こちらとしても昼食が終わるとごみだらけになる弁当を修学旅行生に罪悪感いっぱいで進めなくて済むのです。

■本題

この日は、午前の部は、「エコパーク 竹林園」をハートリンク渕上氏、「エコパーク バラ園」を同じくハートリンク前田氏に案内してもらいました。その案内の仕方についてくすの木自然館、浜本奈鼓さんから具体的アドバイスをいただくというものです。
028_2
ダイレクトな方法なので参加者が少なかったのは否めません。しかし、金額の多少はあってもいただいているならば、前述の通り、ガイド、インストラクター、案内者etc等が継続して研修をする必要があるのは当たり前だと私は思うわけさ!
スタート当初は、「できる範囲で…」でもよいだろうけど、月日が経ってそれなら許されないと思いますね。何歳だろうが関係ない。これは、コーディネーターがどうこうというよりも実際にやっている人たちの覚悟とか潔さの部分だろうと思います。

ああ、また憤りが…。
これは、最近つのっている軽い憤懣の堆積物からガスが出ているせいですかね。

午後の部は、同じ手法で「エコパーク 親水護岸」を水俣環境ガイドの高橋さん、「水俣病資料館」水俣環境ガイドの栄永さん。トリは、「明神自然海岸」を大矢さんでした。

最後の大矢さん自然海岸のガイドはよかったですね。何しろ主催者側の上をいって、近所の世話好きな漁師のおばさんがフラッと説明し始めた!って感じ。こういう人は、元来、喜ばせるのが好きなのですね。そういう人が技術を持つと怖いもんナシです。 byあやもchick

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東京学芸大学大泉中学校

013_2 5月は、修学旅行のシーズン。14から15日にかけて3校をMKPがコーディネートした。うち、14日大泉中学校の水俣での体験学習のひとコマ。
ワタクシあやもは、午前中は、水俣病学習を中心とする水俣環境ガイドとして、みなまたエコパーク、水俣市立水俣病資料館、熊本県環境センター、国立水俣病情報センターの案内をする。
この日は、初夏を感じる五月晴れ。今は穏やかな顔を見せる水俣湾を望む親水護岸でそこから見える風景から歴史をガイドするのだ。
親水護岸やエコパークを何も知ずに訪れると対岸の天草、鹿児島の獅子島、遠くは長崎県普賢岳を見016 渡せる波静かな風光明媚な場所であるのみ。
しかし、この土地が持つ歴史はすさまじく、多くの人々の人生を狂わせた場所でありつつも、愛しい場所なのである。
ガイドをつけずに水俣病資料館や情報センターを見学するのとガイドをつけるのでは、子どもたちに与える印象は全く異なる。教科書や書籍では読み取れない行間を学ぶことが出来る。
水俣環境ガイドは有料であるが、子どもたちにとってや学校では学ぶことができないことが学べる。頭割りすればそうたいした額ではないと手前味噌ではあるが自信を持って言える。
幸いにも大泉中学校の生徒は、先進的考えを持った旅行社(もしくは担当者)と先生により水俣環境ガイドの説明を受けることができた。
この日は、情報センターで太平洋に比較すると池のような不知火海に水銀が垂れ流されたことを航空写真019 と実際に不知火海を望むことで実感してもらった。
情報センター屋上は、初夏の太陽の照り返しでまぶしく、室内に戻ろうと誘導しかけたときに多くの生徒が私を取り巻き質問攻めにあったことは嬉しい出来事であった。
彼らの質問は、学校でしっかり事前学習をしていたことがわかるような、答える私が考えをまとめねばならない社会学的で質問者の意思を感じるしっかりとした質問内容であった。

午後からは、1グループ10人弱で水俣市山間部から市街地、沿岸部にそれぞれ散っていき、体験学習を実施。先生は2班に別れ、私は、先生3名を車に乗せて体験会場に様子を見に行く。「廃油を使った石鹸作り」「リ・グラスを使用した風鈴づくり」「水俣湾を望みながらの魚さばき」「かまぼこやさんでかまぼこづくり」「みかん農家でみかんの花の香りに包まれ時間を過ごす」等、16グループにわかれており、様子を見に行く先生も日頃体験できないことや多くの人に触れ、学校では見られない表情を生徒から見出しとても充実した時間を過ごせたという感想をいただいた。

ちなみに生徒が満面の笑みに包まれた画像はあるのだが、最近こういう画像を悪用するアホなヤツがいるらしい。だから、生徒の顔が極力写っていないものを使用しているので悪しからず。

byあやもtaurus

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水俣環境学習のぴーあーる

水俣・芦北地域での環境学習、フィールドワークの誘致に関西へ。2泊3日で熊本県および地域振興局の人々と大阪・兵庫・京都・奈良を回る。アポをとったのは主に私なのだけど、なかなかにタイトでスリリングでしたね。
以前の仕事で関西も営業テリトリーだったのでなんとなくの土地勘はありましたが、電車の集金システムの変貌には驚いたねえ~。水俣に5年いる間に「スルッとKANSAI」なんてカードができて、改札の出入りがなかなか便利。だけど、東京都異なり割安にならないところが関西のがっちり商根ですな。加えて気になるのは、使用済みのこのカードはどのように処理されるのか???リサイクルできるのか~っ?毎日何千枚ゴミとなっているのか?!

013 初日、吉永さんは、梅田の熊本県大阪事務所でわが事務所のごとく仕事をさせてもらったみたいです。大阪事務所の皆様お世話になりました。そして、2日目は、スケジュールに振り回され、疲れた身体を引きづり若干ふらつきながらなんばへ。
道頓堀のGlicoをはじめとしたキラキラ電飾に虫の如く吸い寄せられる人々をウォッチングしに行く。だけど、はたからみれば私たちも完全にその仲間の一人です。ええ、間違いなく!

で、おじさんは、福岡のカップルに請われてGlicoをバックに記念写真を写すわけね。
015 もともと写真を頼まれたのは、Tさんなんですね。このTさんの醸し出す雰囲気はなかなかで、長崎でも小学生に捉まりアンケートにお付き合い。優しそうなおじちゃまに見えるんだろうな。
それを受けて写真を写すのが左の吉永氏!写真の後は、「水俣に遊びにおいで~っ 温泉あるよ~っ」と常に誘致する心を忘れない。この後、食事をしたビル内の売店の兄ちゃんに名刺まで渡して、水俣誘致してました!日頃なかなか思わないけど(はははっ)ほんとにエライですよ~

なんだか、こんなところを出すと仕事本当にしたのかよ~っ的ではあるが、営業中にアリバイづくりみたいに暢気に写真なぞ撮るわけにもいかないのだから信じていただくしかない。

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長崎さるくガイド視察研修1月30日

050_3 2日目、1月30日は原爆落下中心地周辺を歩くツアーである。水俣環境ガイドにとっては商店街ツアーよりもこちらのほうが、ツアーに帯びるニュアンスが近い。原爆資料館で長崎さるくガイドの白鳥純子さんと調和美さんと落ち合う。この方たちは単なるさるくガイドではない。原爆資料館で平和案内人として活動されている。

水俣では水俣病語り部の方たちの高齢化と病状の悪化により語ることの継続が危惧されている。この状況は、長崎でも同じで放射線等による病状の悪化や高齢化等で語り部が減少している。被爆2世と言われる方たちも実際に戦争や被爆当時の長崎を体験したわけでなく、語り継ぐことに対して戸惑いを感じている。それらを共有したり解決できることはないかとの思いであった。普通は、ガイド指名などできないのだが、長崎さるく観光推進課にこちらのディープな参加メンバーをお伝えして、無理をしていただいた。

075 原爆資料館を起点として、被爆の被害や当時の状況を残すものを見ながら、終点の浦上天主堂へと向かうツアーである。長崎にはプルトニウム型原子爆弾、ファットボーイがB29によって落とされた。落下中心地の松山町上空500mにいきなり太陽が出現して、あまりの高温に数秒で至近距離の人々は一瞬で灰になったのである。
原爆の害を大きく分類すると3つ。1つ目は爆風による被害。2つ目は熱線による被害。3つ目は今でも人々を苦しめる放射線による被害である。出来事や被害を伝えるのは簡単だが、その説明によって子供たちが何を考えるのか?得ることが出来るのかを追求し続けるべきは水俣病学習でも共通の課題ではないだろうか。

081 ところで、調さんの旦那さんが35年ほど前医学部研修生当時、原田正純先生とともに水俣病患者さんの調査に訪れていて、うちの専務理事・吉永さんと既知の仲であったのが、縁を感じるものであった。ぜひとも、今度は水俣に来ていただいて、里山で宿泊し、海の幸を堪能し、人と出会って、昔話に花を咲かせてほしいと思った。

参加メンバーはフェリーの時間もあり、午後2時には長崎を出発したが、私は引き続き明日の大学ヒアリングがあり、白鳥さんにお付き合いいただいて、資料館の見学とガイドへの想いを語り合った。とても有意義で楽しい時間を過ごせました。
長崎よ。故郷よ。頑張るのだよ。私も頑張る! byあやも

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恩師島崎先生

049_4 昨年末、水俣市がキャンパスのない大学と称して「みなまた環境大学」を実施した。MKP(NPO法人水俣教育旅行プランニングの略です)は事業の一部を委託されており、中でも今後「みなまた環境大学」をどうするか?という超入り口を調査することになっている。そこで、今回の長崎さるくガイド研修の合間を縫って、ヒアリングと多少の水俣・芦北への誘致を目的として、活水大学に向かった。

南山手にあるこの大学は、グラバー園のすぐお隣。途中、オランダ坂を上っていく、情緒あふれる街並みの周囲には洋館が今でも点在している。私は、ここの卒業生ではない。「お金がかかるけれど、ここだったら行ってもよい」という父のありがたい言葉もあったが、お嬢様風で敷居が高い校風にシオシオと萎れた私は、当時入試を受ける勇気すらなかったのである。
そんなトラウマを背負っていた大学であるが、仕事となるとずかずかと正面玄関を突破する自分は、未だに自分でも掴めない…。

調査先をここに選んだのは、私が長崎大学附属中学校32回生3年2組出席番号32番のぞろ目で卒業した際の担任、島崎賢一先生がいらっしゃるからだ。ぞろ目であることは先生のご指摘で気づいたのだ当時、ちっとも勉学を愛さなかった私は、勉学を愛する同級生の中で先生にとって悩みの種だったことだろう。家が学校から至近距離だった私はある日、「高校受験失敗したら、母親が恥ずかしい思いをするぞっ」と脅かされた。先生が素晴らしいのは、脅かしただけでなく、毎日のマンツーマン添削指導を買って出て半年付き合ってくださったことである。もちろん、高校受験は成功したのだが、冷静に考えれば、「まあ、落ちるレベルではなかったよな。うまくやられたよな。」と思う節もアルし、私にしては出来過ぎの成績で合格したので、いろいろな意味で高校3年間を楽しく過ごせた(?)のも先生のおかげだと思っている。
先生の専門、社会の授業には特色があった。予習が必要なのだが、単なる予習ではなく、教科書にのっとって大学ノート横2ページ上3分の2に板書系に纏め上げなくてはならない。加えてたまに授業の当番が回ってきて、生徒が授業を進めるのだ。今年年頭の同窓会で、20年ぶりに会った旧友「のーくん歌って踊れる(?)医師」とその話しで盛り上がったので間違いない。先生の授業は、私のスキルとして叩き込まれているような気がしている。
こういう先生って、今はいるのかしらん? byあやも

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長崎さるくガイド視察研修1月29日

「水俣・芦北フィールドミュージアム事業」というのをご存知でしょうか?って知らないのを知っていて書くイヤな私。
水俣・芦北地域全体を「環境をテーマとしたミュージアム」と位置づけ、地域資源の磨き上げ、拠点の強化、水俣病の教訓の発信と伝承など、環境学習を実施していくうえで必要な様々な整備を図ることで、交流人口の拡大を目指すとともに、「水俣病を教訓に環境先進地として発展する地域」というこれまで築いてきた地域イメージの国内外への波及を図る。のを目的とした事業である! おお、疲れたよ。

 011_3 この事業中に「水俣・芦北環境学習塾事業」があり、今回の「長崎さるくガイド視察研修」につながるのだ。当初は、日帰りツアーを予定していたが、長崎まで往復7時間はかかるのにヒアリングする時間がなさ過ぎる。これでは、大挙して長崎まで土産モンを買いに行ったという、よくある「得るものなき視察」になるってことで、少々MKPがかぶること覚悟で1泊2日ツアーに格上げしたのである。
まずは、参加メンバーであるが、MKPがかぶるのだから、現在ガイドで活動している人や村丸ごと生活博物館メンバーを中心とし、受け入れの現状をしっかり把握していて、かつそれらガイドの立場を理解しており、長崎のガイドに具体的な質問を投げかけ、加えてすぐに活用できる人たちとさせていただいた。

020_2 さるくガイドに関しては、長崎さるく観光推進課のご協力により、1月29日商店街を歩くツアーでは、立ち上げ時から参加されているガイドの田中さんをはじめとして、長崎の老舗タウン誌THE・NAGASAKIの河原真理さんと中通商店街副理事の田口さんが昼食時の交流会に参加してくださり、<MAPの作り方>や<長崎さるくが商店街に及ぼす効果>など具体的なお話しをしていただいた。

ツアー中には、本田昆布店女将さんのお土産や岩永梅寿軒社長等、ガイドに協力してくださるお店のお話しも面白かった。45コースから好きなコースを選び、ガイドのお話しを聞きながらまわるツアーを「通さるく」というが参加者の7割が地元長崎と言うのは、長崎出身の私が楽しいのだからうなずける。

041 一方で商店街の全店が協力的かというとそうでないのも、世の中のあり方として当然だと思う。その中でどう工夫して、いろいろと形を変えつつもガイドも参加者も楽しみ続けるかが「長崎さるく」の課題となるのだろうな。

まちおこしは、「わかもん」「よそもん」「ばかもん」とは良くぞ言ったものである。

byあやも

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まさに女の時代!

国立水俣病情報センターにて熊本県水俣病情報発信事業の一環として水俣病の学習を行う。様々な方に呼びかけたが、画像を見よ!全員女性ではないか~っ Img_6549_2 女性のどん欲さというのは、凄まじきかな・・・。なんて、文章は否定的だが、ワタクシ女性としても鼻高々ですな。本日は、情報センターの蜂谷先生によりセンターの展示についての説明。幸いにも一般人よりははるかに水俣病に触れていると思われるメンバーだったので先生も話しやすかったと思う。で、面白いのは、センターの展示について内外より様々な批判もあるモノのきちんと説明してこちらが理解すると何となく愛着が沸くこと。水俣病資料館と展示物に関する棲み分けも考えつつ、展示内容を工夫するらしいのだが、「うん。こちらも(展示に)歩み寄る姿勢に欠けてたよな・・・。」などとちょいと理解しただけで物わかりのヨイヤツに成り下がるところが実に小市民で、我が身ながら「おまえも、ういヤツじゃのお~」と悪代官面になってちょいと嘲ってみるのだ。

Img_6535 今回は、有機水銀が無機水銀と異なり、いかに身体に悪さをするかという恐ろしい事実を学んだわけだが、きちんと勉強して(ここでいう勉強とは知恵の部分が大きいかな)専門家の話しを聞きさえすれば、「水俣病は実は治るんだぜ」なんて、人類のみが持つ偉大にして愚かな大脳新皮質の存在を抹殺するようなアホ発言は世の中から消えて、もっとクールにして穏やかな精神世界が広がるのだろう。

私にとって、この学習会は非常に充実していました。中身も参加者の雰囲気も時間の流れ方も・・・ね。
他の方達はどうなんだろう???

何はともあれです。
蜂谷先生ありがとうございました♪

この学習会は11月30日に実施されました。 byあやも

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BEE JAPAN!

Img_6155 プランニングが加盟している「熊本県南まちの駅連絡協議会」私、あやもが水俣芦北エリアの連絡事務局をしている。が環境活動をしているBEE JAPAN(blogへリンクの活動支援をサポート。9月28~30日までをサポートすることになった。彼らは、環境に良い生活実践をしながら(車は使わずにエコマイレージ実践のため自転車で移動。食物連鎖の最下層野菜のみを食べる。割り箸を使わない。マイ箸、マイカップ使用等々)8月1日北海道をスタートして、自転車のみで日本を縦断して、3日後の10月1日には、ついにゴールの鹿児島に達するのである。彼らにとって最も大切なサポートは、宿の提供。寝袋は持っているもののやはり、ヤブ蚊と戦いながら外で寝るのは体力を消耗するそうだ。行程の半分は、宿の提供をして頂き、半分は野宿だったそうである。途中で予期せず宿を提供してくれた若者もいたそうだ。世の中捨てたものではない。
Img_6142 そして、せっかくこちらに立ち寄られるので環境に対する意識が高い芦北高校で交流会をあやもがコーディネート。生徒会と先生方、約30名が参加してくださった。芦北高校との縁は、後藤先生がフラワーアレンジを我が家に教わりに来てくださったのがスタート。交流会当日知ったのだが、後藤先生は、高校生達を引き連れて、先般フィリピンへ植林活動に行かれたのだそうだ。通りで受け入れがスムーズだった。謙虚な後藤先生・・・!好きだわ~ThankYou♪

KEN HIRANO(日系アメリカ人)さん MONDEN SEISHIさん(大阪在住) YAMAMOTO MUNENORIさん(千葉在住)の3名がお越しになった。3人とも爽やかな方達で、中でも圧巻なエピソードはMONDENさんは、この活動行程のフェリー船中で70歳を迎えられ、アメリカ人3名にHappy Birthday to youを高らかに唱和してもらい、船中の注目を一心に浴びるという忘れられない誕生日を迎えた方である。
自分で壁を作らず、いつまでもチャレンジするって素敵ね♪ワタシもそういう70歳になるですばい!

Img_6150交流会は、パワーポイントでの活動紹介と間に環境クイズを挟んで、「環境一筋!」に展開されたが、彼らの持つソフトで穏やかなキャラクターでクレバーな雰囲気を保ちつつもゲームでは盛り上がり、「環境に興味を持ってもらう」というテーマは十二分に達成することができたようだ。先生に至っては、彼らの自転車生活を非常にうらやましがる方も多く、「教員やめればすぐできますっ」てワタシの軽口に大笑いしたりもし、様々な刺激を残すことができたように思う。ワタシもその一人で環境プログラムを提供する立場で刺激を与えて頂いたと感謝している。彼らは、BEE JAPANを通じて出会い、10月1日ゴールとともにそれぞれの生活へ戻っていく。
一期一会・・・。

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水俣をプレゼンして振り返る(改題)

028  「水俣芦北地域への教育旅行誘致」という立場のニンゲンと「社員研修と教育旅行先の開発」という目的のニンゲン達約40人が水俣で初めて出会う。
水俣に来る前は、日本全国をセールスしていたので名刺が山のようになっていた。二酸化炭素まき散らしつつ、飛行機による瞬間移動を繰り返し身体に負担をかけた結果できた山である。しかし、ここ水俣に移り住んでから、(プランニングに入る前から)自然と遠くの人たちと繋がりができるようになった。
不思議な土地だね。

水俣というのは、「生きる」ことをシビアに考えて行動しなければならない土地といえる。「水俣病」という言葉や関わりのある様々な物事や人々と戦ったり、取り込んだり、妥協したり・・・。
最近流行の脳科学者あたりが分析すると、「ベーターエンドルフィンが噴出することで都会では得られない脳への刺激が・・・」やら「水俣に訪れた時に得られるクオリア的にいえば・・・」みたいな何かがあるのかもしれない。
水俣市役所名物(?!)水俣市立水俣病資料館館長・吉本氏は、「水俣に住むと哲学者になる」と言っているそうだ。癖になる土地「水俣」・・・ありそうな話し。

↑この辺りが、実は重要なのだが、意見交換会の時に、プランニングの不肖吉永(はははっ!上司だぜ)は、この辺り周辺事項を一切かっ飛ばして説明をはじめた。
そして、懇親会で I さんより鋭い突っ込みが吉永に入る!「森山さ~ん来て来て」と言われ、会席料理を味わわず口に突っ込んでいた私は、席を移す。

057  I さん、まさしくその通りです。重要部分を欠いた実に不十分な説明でした。
長年誘致に関わっている諸氏は、旅行の中に「水俣病」を中心に据えることに臆病になっていたのかもしれない。しかし、水俣病は水俣市民のみならず環不知火海に居を構える人々は、逃げ出すことができないテーマなのである。
「水俣病」を避けずに真っ向勝負して乗り越えて生きている人は強い。
「水俣病語り部」のみなさんがまさしくその例
である。
過去の歴史から反省し、現在を懸命に生きて、未来の人たちに何かを残す。
字面にすると相当偉そうな感じになってしまうが、 I さんが実施している仕事は「旅行業」という名を借りた「人間教育」とか「環境保全」を実施しているわけで、とてもやりがいのあることだと思う。それからすると、せっかく面白いプログラムを持っているのに伝えられない水俣NPOの我らなんぞは、「現在を懸命に生きて」って部分が欠如していたと反省する。「NPOだからセールスが下手」なんて言い訳にも何にもならんね。
「私の言うことわからんなら、売りませんっ 損するのはそちらですっ!」ってぐらいの気概を持っていた○年前を思いだし、もしかして新人社員より私が勉強になったかもね。ふふんっ♪

009_3そして、親水護岸でガイドをしていた私に傘を差しだしてくれたN所長(ですよね?)の自然な大人の所作に、新人研修担当時、単純バカ鬼教官だった○年前アドレナリン噴出しまくっていた我が身を振り返り、「大人の余裕ってこれだよな~」とガイドしながら反省もした。

こういう機会を与えてくださった
様々なヒトと事々に感謝。

                           byあやも

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よきサマリア人

026 今日は、午前中いっぱいを使って水俣環境学習ガイド研修の一環として「普通救命講習」を受講した。不特定多数の人数と出会う私たちが、水俣に訪れた方達の万が一の事態を考えて、何らかの対処ができる知識と実技をすることは重要で大切なことと思う。

学生時代から10回ぐらい救命講習を受けたが、昔より実にシンプルになっていることに驚いた。まず、心肺蘇生法がシンプルになっている。その変遷の経緯は知らないが、やったとしてもせいぜい031 年に1回の講習会で、人工呼吸1回の秒数とか心臓マッサージ(今はこういわないで胸部圧迫法という)の回数が成人と子供で異なったり、もしもその場に倒れている人がいてもかなり躊躇する流れであったと記憶する。
5名と4名にわかれて、実施。
1サイクルが30回の胸部圧迫+2回の人工呼吸でこれを5サイクル実施。本来は、救急車が来ると言われる約10分間、「強く、早く、絶え間なく」頑張らなければならない。

救急法を多くのヒトがマスターしているのも大切だ。

次にAED(自動体外除細動器)は、心臓への電気ショックを与える機械で、正常な心電図では生じない心室細動が感知されたら充電を自動的にはじめ、音声で人間に指示まで与えてくれるスゴイ奴である。救命士の塚原さんからそれぞれ「子供の海難事故」とか、「喉に芋を詰まらせたばあちゃん」とかってお題ををいただきながら心肺蘇生からAED使用まで再び実技ができた。

017 救命人形のモデルとなったスウェーデン女の子は水難事故で亡くなり、両親が世の中の役に立ててほしいと、救命講習に使うため、亡き娘をモデルに人形にして提供したということである。スゴイご両親だ。

質問の時間もたっぷりあり、私は「救命法によって助けられなかったり、胸部圧迫で骨折した場合、救命者に対して罰則はないとは知っているがどういう理由なのか?」「確かサマリア人がなんとか・・・う~ん 詳しくは知らないなあ」周囲の我々も「う~ん聞いたことあるな・・・だけどわからん」とみんなで顔を合わせる。

「善きサマリア人の話し」
ある人がエルサレムからエリコへ下る道でおいはぎに襲われた。 おいはぎ達は服をはぎ取り金品を奪い、その上その人に大怪我をさせて置き去りにしてしまった。 たまたま通りかかった祭司は、反対側を通り過ぎていった。同じように通りがかったレビ人も見て見ぬふりをした。しかしあるサマリア人は彼を見て憐れに思い、傷の手当をして自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き介抱してやった。翌日、そのサマリア人は銀貨2枚を宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もし足りなければ帰りに私が払います。』
(ルカによる福音書第12章第30~37節)


025 日本においては、民法698条に緊急事務管理に関する規定があり、これによると、身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重過失がある場合でなければ、損害賠償責任を負わないとされており、この規定によりコモン・ローにおける善きサマリア人の法が目的とすることが実現できる。

現場で応急手当を施されていた傷病者の割合はわずか30%。他の70%は何ら手当を受けていなかった。手を出してもっと悪くしてしまったら困るからという理由が多くの「傍観者」を生み出している。「訴えられても免責されると考えられる」という法律関係者の通説は、治療のプロである医師を含めた一般市民には伝わっていないのが現状である。よって、単独の法律あるいは条文として善きサマリア人の法が立法化がなされることによって、一般の人による救助促進を望む声がある。 
                       紺色部分は 
Wikipediaより

こんなこと書いていたら横のTV(ダイハード)悪役のハンサムおじさん(ジェレミイ・アイアンだっけ?)が、主人公のマクレーンを「善きサマリア人」と連呼している。日に2度もサマリア人が出てくるとは!

by あやも

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エコタウン研修

今日は月例水俣環境学習ガイド研修をエコタウンで実施。
産学協同の施設であり3セク「みなまた環境テクノセンター」でうちの専務理事吉永より「エコタウン概要」を学び、エコタウン企業がダイジェストに紹介されているビデオを見る。

Img_5679 おお~っ 
ちょっとした大学の講師みたい。
いいぞ専務理事!

環境テクノセンターの立派さが
後押ししてる?


Img_5705 次は、ガラスビンのリユースリサイクル工場田中商店へ。そして、エコタウンガイドを行っている市議の真野氏による田中商店ガイドを実施してもらう。エコタウンガイドスタート時より私とともに参画している真野氏。当初は、6名いたがそれぞれ事業を始めたり、転職したり、意見があわなかったり(と聞いている)・・・。だけど、この「意見があわない」ってのが釈然としないねえ。「この狭くて人口少ない水俣で、しかも緊急を要する環境で、くだらねえ意地張って協力できないってのは何さっ!!!」と木刀振り回し(嘘)逆上する(ホント)のだ。誰か私を止めてくれ。

Img_5736 そして、今日のメインイベントともいえるエコタウン協議会会長田中商店、田中専務より「エコタウンとリサイクル業界」について話しをしてもらう。
田中専務は、「ガラスびんとは、本来繰り返し使用できるものである」ということと「日本は古くから環境と共生できる素晴らしいガラス文化を持っていた」という信念から<Rびんを広める会>を作り、全国に発信する活動をしている。新しいものを売買する物流を「動脈物流」ということに対してリサイクル業界を「静脈物流」としてこの循環がうまくいかないと身体活動は生命を保持できないことを情熱的に日頃から話されている。県外から視察に来る真剣にリサイクルを考えている企業、行政は専務の話しに圧倒され、感動しまくって水俣を後にするのが通常だ。われわれは、環境学習ガイドなのでディープな話しも織り交ぜて・・・とオーダーさせて頂いたのだが、実に勉強になるお話しをしていただいた。グリーン購入やLCA等環境をある程度勉強していなければわからない用語も飛び出して単純な私は「家に戻ったらeco検定の本を読もう!」などと張り切ってしまった。

Img_5740 次に廃プラスチックのリサイクル工場リプラ・テックへ。
中山工場長から容器リサイクル法から始まり、サーマルリサイクル、マテリアルリサイクルそして、今後の廃プラ処理の話しをしていただく。すでにαボードの改良版(名称未決)が作成されており、新たにできた御船工場ではペットについての処理がスタートしたらしく、企業というのはやはり足回りがよい。行政が世の中について行けず、昔ながらの組合にやられて(パソコンできない親父達が抵抗を示した残渣だと思うな)肝心の国民を顧みず年金がフイになるという浮き世の人と役人時間格差のほうが重症ともいえないだろうか。

Gatyon1
byあやも

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アコウの木の下で

Img_5648 プランニングスタッフ大矢宅の軒下を借りてバーベキューを行う。場所は、水俣病資料館の隣りで大矢は、水俣病語り部としての活動も行っている。つまり、当時は水俣病の激震地であったわけで、エコパークが埋め立てられていない美しく健全な水俣湾が眼下に広がっていた。

参加者は、プランニングスタッフおよびその家族と水俣病資料館職員。会は、「資料館職員とプランニングスタッフの顔合わせ会」と「小田実宇の20歳を祝う会」という名の下に集った。Img_5658 地元の豚牧場から豚肉を購入し、バーベキューコンロを借りて、ビールサーバーからはキンキンに冷えた生ビールが注ぎ出される。ほろ酔い加減で自己紹介をして、手作りの誕生日プレゼントが渡され誕生ケーキのろうそくが吹き消される。

仲間達は冗談を交わし

平和で食に満たされた

良い時間が流れていく・・・

私は、20歳の時は何をしていたのだろうか?そうそう、バスケットボールに明け暮れて走り回っていた。その倍の年月が流れたが、ここに立っている200歳以上と言われるアコウの木にとって、ほんの短い時間だろう。

Img_5668 アコウは樹齢が長く、生命力が強い。潮風に強いために不知火海に住む人々は、防風木として使用しているようだ。このアコウの木は、西からやってくる台風等から家人を守っているのだろう。その木に往年のワンパク坊主がよじ登り、その野生っぷりに仲間の拍手を受ける。(うちの旦那!)昔は、木も人間も川も海もこんな感じで付き合っていたのだろう。地方の街中で育った私も自然の声に耳を傾けるが、なかなかその声を聞くことができないでいる。


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byあやも

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水俣環境学習ガイド研修

MKPのY氏、K氏を講師に市内をめぐり、水俣病およびその周辺の話しを詳しく聞く研修。親水護岸、エコパーク、八幡残渣プール、百間排水口・・・。百間排水口では、お祭りで捨てられたと思しきミドリガメが迎えてくれた。傍の桜の木は満開で「お弁当でも持ってくればよかったね~」という言葉も聞かれる。

074748_036_1一通り、市街地を廻った3名の受講者(M&A含む)は、市街地を臨む陣の坂へ。画像は陣の坂から不知火海方向を見て市街地を臨んでいるところ。ここでも桜が綺麗♪

画像にはないがこの右手には鹿児島県大口市や芦北町に接する山間部が控えている。海で有名な水俣だが実は、山間部が8割をしめいている。 MもAも家はこの山間部方向にある。海のイメージが濃い水俣だが、私の同級生達が東京や福岡から遊びに来て想像以上に緑に囲まれた我が家にびっくりしたものだ。まあ、蛍が家に飛び込んでくるし、アカショウビンが裏の川で戯れているなんてなかなかないだろうけど、やはり訪れないとわからないね。
だって簡単に自然いっぱいの環境をうらやましがってては、いけません。湧き水を維持する苦役やら、自然いっぱい過ぎて近所にお店がなかったりするんだからねっ。オーラの泉で三輪明宏さんも言っていた。「人の事をうらやましがる時はその人の苦労もうらやましがらないといけない」ってね。スピリチュアルな世界の信憑性はわかりませんが、「う~ん・・・」と納得の一言って思いません?  

Gatyon1
byあやも

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