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1956年5月1日は何があったの?

そろそろ風鈴が似あう季節が近づいたようですね。久々に朝から散歩に出かけました。今日はエコパーク一周コース。親水護岸の芝生はいつもより丹念に手が入れてありいつも傷みが激しい環境に優しいボードウォークもきれいに整備され、水俣病慰霊碑がある中央には大きいテントが張らされていました。澄んだ海の底にはフクロウノリ、2メートル程もありそうなひじき、そして護岸には稚魚が群れていました。きらきら光る海面をじーっと見つめていると・・さくら色した鯛たちがごよごよきらきらやってくる 車えび わたりがね とんきゅいか もんこいか・・かぞえあげればきりがない そう!まるで石牟礼道子さんの「みなまた海のこえ」から抜け出たような光景です。きっと昔はまだまだたくさんの生命があふれていたんでしょう。ご存知でしたか?埋め立てになってしまった水俣湾の港は昭和28年には建設省によりモデル港湾都市に指定され昭和31年5月1日は水俣港が貿易港に指定され世界市場への輝かしい開港のスタートを切った記念の日です。もう一つ象徴的な出来事として水俣病公式確認の日とされていますが

疑問を持つのは私ばかりでしょうか?この地域では昭和24年から5カ年計画で開港を迎える準備が着々と進められる中、もう一方では工事のためかき混ぜられた汚泥によって生命界を脅かし始めていました。海が病み始め魚介類が死滅、やがて鳥、猫、犬、家畜、とうとう人にまで被害は及びすでに43名は患者さんが確認され、十数名のかたは亡くなられた状況が現実としてあったのです。なぜ何年も置き去りにしたのでしょうか?市制がスタートして近代都市建設を目指す水俣にとって賑わいを増す港のかげに水俣病の発表は秘かに・・なんて思ってしまいました。あらためて名も知れず犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします。

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