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市民講話者養成講座2009 第7回講座

0903050298 いよいよ市民講話者養成講座の最終日です。修学旅行生へのガイド案内の再現として、水俣病資料館、水俣病情報センター、親水護岸に受講生と長崎ピースバトンの方たちを案内し研修していただきました。長崎ピースバトンの方たちは日頃平和学習を通してガイドしているわけですから、水俣病のみではなく、ガイドとしてどう若者に理解してもらうための工夫や地域と水俣病との関係そして水俣病から生まれた再生活動など多面的に見ていただけたのではないかと思います。

 0903050258私もそうでしたが「水俣病」は義務教育段階でのみの教材であって、「四大公害」「メチル水銀による食害」ぐらいでとどまっています。こうなるとせいぜい教科書で一行程度の話しなのですが、社会史はどこをどう切り取るかというのが味噌で「645年大化の改新」の出来事がどうして暗記事項なのかという部分はほとんど学校では教えません。「豪族を中心とした政治から天皇中心の政治への転換点となった」のがポイントらしいですね。その本当に意味することは社会に出て世間の風に吹かれないとなかなかわからない。だけど社会史の持つ意味や重要性について今はわからないけど将来の課題として伝えておくのは非常に重要なことだと思うわけです。「大人から核心を伝えられずぼやかしながら教育された人間ってどんなもんなんだ…」と。つまり自分自身ね。学歴と世の中動かすことって反比例するんじゃないのか!?と思っています。官僚が世の中動かしているみたいに思われているけど、「ジリ貧の維持」ではないのだろうか。
 先日、サミット中にロンドンで銀行襲撃が起きましたね。最近は「おっ、頑張ってるなあ。東京の若者にはムリだね。」と憧れる気持ちが沸き起こる自分がいます。ここ最近は至近距離で接している沖縄戦、原爆、水俣病…ですが特に水俣病については日本の根幹に関わる事象が多く、人々の口に上っていませんね。「地域のつながり」が崩壊したのもそうだけど深い部分は様々な意味で怖がっているのがホントのとこでしょう。昨日「たかじんのそこまでいって委員会」で水俣病と皇室のつながりが社名入りでリアルに出ていましたけど私は民放の全国放送で聞いたのは初めてでしたね。「勇気あるというより、この人命かけてるのわかっているの?」と心配になりましたけど、あれみたかなりの人はそう思っただろうな。日本国憲法についてもそうですが、新しい憲法が生まれるかは別としてとにかく日本国中で考えてみる、話してみることなしでは、次に進まないステップに日本は入っている気がします。近代史辺りは特に灰色の霧に包まれているのを感じます。負の部分を知ってこそリアルに前進できるエネルギーが生まれるのではないでしょうか。

 0903050325 講座の最後は修了証の授与です。受講者の決意を聞くとそれぞれ何かしらの感慨を持って終了できたことは主催側の次につながるステップともなり得そうで喜びとなりました。

あやもchick

市民講話者養成講座2009 第6回

 今日(3月4日)は長崎ピースバトンのみなさんを招いての講座です。
私にとっては、郷里長崎の人々ですが、人生が面白いのはこういうことで水俣に住むことによって近くなった方たち。学生時代プラス23年間は縁が無かったにも関わらず水俣のまちづくりに関わることから長崎の被爆について再び考え、知ることができました。水俣って自分自身を含めて人間の本性というかコアを引き寄せる力があるな~と思います。平成20年度は色々な人との出会いによって沖縄戦、対馬丸撃沈、長崎原爆、先住民(インディアン)について身近に引き寄せられました。

 0903040118 まずは、受講生と講師としての長崎の方たちに水俣の環境取組みと体験の場を見て現状を把握してもらうために湯の鶴喜久屋旅館さんの協力を得てバスを出していただき水俣ツアーを実施。みなまたエコタウン(家電リサイクル工場とびんリサイクル工場)見学→愛林館見学の道すがら、資源ごみ22分別、水俣のグリーンツーリズム、水俣病等について解説しながらのツアーでした。ピースバトンSさんには愛林館で山葡萄のツルでできた(良い値ながらこのツルは長持ちするので確実に一生モノと思います)ハンドバックをお買い上げいただきました。

  0903040162水俣病資料館に到着後はピースバトンのみなさんに長崎での継承活動についてパワーポイントを利用して解説いただきました。調さんが受講生と語り部が知りたいポイントを上手くまとめていただき「自分たちの活動を外部の人の活動を知ることによって知る」ことができ刺激になる時間を過ごすことができました。昨年長崎原爆資料館で白鳥さんから「焼き場に立つ被爆した弟を背負う少年」については、背景から展示方法に至るまで詳細を聞いていましたが、私にとって最も気になる写真です…。

0903040130◆長崎での課題(ピースバトン調さん発表)
  ガイド対象者の大半は長崎県外からの修学旅行生だがもっと地元の子どもたちにも市ってほしい。ありきたりの平和学習ではなく興味を持たせるような学習方法が他にないだろうか。また、親も先生も戦中を知らない世代に入った。学校からの依頼がなくても先生の集まる会議で朗読する試みをしている。

 現地研修での問題点として「目的意識を持たないと単なる時間消化に終わってしまう」「学習以外の移動時間によるロスが大きい」「事前と事後学習の重要性」があがり、これらはほとんど学校や教諭側の課題とも言えますが、現場にいる私たちとしては、「学校だけに任せるわけにもいかない!どうにかして伝えなくてはならない。」と思っていますので平成21年度事業に向けてのアイディア出しであったとも言え有意義な時間でした。

 0903040177 最後は語り部の吉田勝二さんのお話しです。桜馬場中学校の生徒たちが描いた紙芝居で勝二さんの被爆から退院してから長崎での出来事が表現されています。被爆したときに田んぼのドベに叩きつけられたおかげで命があったそうですが、右半身は被爆によって皮膚の深部までズルッと落ちてしまいました。真夏の太陽が焼け落ちた肌に照りつけるので葉っぱをくっつけて浦上川までたどり着き、かろうじて喉の渇きに絶え夕暮れ頃に意識を失います。南山グラウンドに包帯でぐるぐる巻きにされ寝かされている被爆者から両親は意識の戻らない勝二さんを探し当てます。壮絶な入院生活から開放されますが、ひどいやけどと右の耳がないことから周囲の人たちの心無いとも言える反応から家に引きこもりはじめます。泣く勝二さんにお母さんは叱咤激励します。そう言えば両親が子どもに叱咤激励するって光景は最近ほとんど聞かない、見ないですね。冷たいともとれる両親ならではの深い言動だと思うのですが。そこから勝二さんは活路を見出すともいえますから、お母さんの話しはあまり出ませんでしたが感謝しているのだろうな。と推測します。
最後は勝二さんの息子さんが書いた作文を朗読して終わりました。勝二さんのやけどによって友人からからかわれお父さんと疎遠になる息子さんが父を自慢する息子に変化していきます。勝二さんも息子さんも現状から逃げなかったから到達できた心境で心に残りました。

 0903040193 講座修了後は、湯の鶴での意見交換会に入ります。大多数の水俣市民がなぜ水俣病について堂々と語れないのか、というところがなかなかピースバトンの人にとっては理解に苦しむ部分だったようです。ほっとはうすの加藤さんや石牟禮さんのお話しから理解するための何かしらの糸口はいただけたようですが、これからも考えていきたいと感想を述べられていました。

あやもchick

桃カステラ参上!

レンタルBOXゆみ嬢が、疑問と羨望のまなざしを向けていた「桃カステラ」が期せずして水俣にやってきた。送ってくれたのは、長崎で平和案内人をされている白鳥さん。
「桃カステラ」って長崎人の私にはフツーだったんだけど、ヨソの人には存在そのものが「何やそれっ?」だったのね~知らなかったよお。

Dscf1486 桃の形をしたカステラの上に色づけされた砂糖でくっきりと桃が描かれているのが桃カステラです。鎖国中の江戸時代、唯一の貿易港長崎では、当時日本でほとんど流通していなかった砂糖が流通していたのです。だから、カステラ、ざぼん漬けが特産品になっています。他には、今で言う「ミートパイ」も昔から存在していました。長崎発っていうのは、時代を反映して、ちゃんぽん等食べ物に限らず多いだろうな。バドミントンも発祥の地らしい。
桃は、中国で縁起のよい果実なので、一年間を通して、桃カステラは慶事のご進物等に使われており、桃の節句では大活躍というわけさ。

あやもchick

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