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市民講話者養成講座2009 第6回

 今日(3月4日)は長崎ピースバトンのみなさんを招いての講座です。
私にとっては、郷里長崎の人々ですが、人生が面白いのはこういうことで水俣に住むことによって近くなった方たち。学生時代プラス23年間は縁が無かったにも関わらず水俣のまちづくりに関わることから長崎の被爆について再び考え、知ることができました。水俣って自分自身を含めて人間の本性というかコアを引き寄せる力があるな~と思います。平成20年度は色々な人との出会いによって沖縄戦、対馬丸撃沈、長崎原爆、先住民(インディアン)について身近に引き寄せられました。

 0903040118 まずは、受講生と講師としての長崎の方たちに水俣の環境取組みと体験の場を見て現状を把握してもらうために湯の鶴喜久屋旅館さんの協力を得てバスを出していただき水俣ツアーを実施。みなまたエコタウン(家電リサイクル工場とびんリサイクル工場)見学→愛林館見学の道すがら、資源ごみ22分別、水俣のグリーンツーリズム、水俣病等について解説しながらのツアーでした。ピースバトンSさんには愛林館で山葡萄のツルでできた(良い値ながらこのツルは長持ちするので確実に一生モノと思います)ハンドバックをお買い上げいただきました。

  0903040162水俣病資料館に到着後はピースバトンのみなさんに長崎での継承活動についてパワーポイントを利用して解説いただきました。調さんが受講生と語り部が知りたいポイントを上手くまとめていただき「自分たちの活動を外部の人の活動を知ることによって知る」ことができ刺激になる時間を過ごすことができました。昨年長崎原爆資料館で白鳥さんから「焼き場に立つ被爆した弟を背負う少年」については、背景から展示方法に至るまで詳細を聞いていましたが、私にとって最も気になる写真です…。

0903040130◆長崎での課題(ピースバトン調さん発表)
  ガイド対象者の大半は長崎県外からの修学旅行生だがもっと地元の子どもたちにも市ってほしい。ありきたりの平和学習ではなく興味を持たせるような学習方法が他にないだろうか。また、親も先生も戦中を知らない世代に入った。学校からの依頼がなくても先生の集まる会議で朗読する試みをしている。

 現地研修での問題点として「目的意識を持たないと単なる時間消化に終わってしまう」「学習以外の移動時間によるロスが大きい」「事前と事後学習の重要性」があがり、これらはほとんど学校や教諭側の課題とも言えますが、現場にいる私たちとしては、「学校だけに任せるわけにもいかない!どうにかして伝えなくてはならない。」と思っていますので平成21年度事業に向けてのアイディア出しであったとも言え有意義な時間でした。

 0903040177 最後は語り部の吉田勝二さんのお話しです。桜馬場中学校の生徒たちが描いた紙芝居で勝二さんの被爆から退院してから長崎での出来事が表現されています。被爆したときに田んぼのドベに叩きつけられたおかげで命があったそうですが、右半身は被爆によって皮膚の深部までズルッと落ちてしまいました。真夏の太陽が焼け落ちた肌に照りつけるので葉っぱをくっつけて浦上川までたどり着き、かろうじて喉の渇きに絶え夕暮れ頃に意識を失います。南山グラウンドに包帯でぐるぐる巻きにされ寝かされている被爆者から両親は意識の戻らない勝二さんを探し当てます。壮絶な入院生活から開放されますが、ひどいやけどと右の耳がないことから周囲の人たちの心無いとも言える反応から家に引きこもりはじめます。泣く勝二さんにお母さんは叱咤激励します。そう言えば両親が子どもに叱咤激励するって光景は最近ほとんど聞かない、見ないですね。冷たいともとれる両親ならではの深い言動だと思うのですが。そこから勝二さんは活路を見出すともいえますから、お母さんの話しはあまり出ませんでしたが感謝しているのだろうな。と推測します。
最後は勝二さんの息子さんが書いた作文を朗読して終わりました。勝二さんのやけどによって友人からからかわれお父さんと疎遠になる息子さんが父を自慢する息子に変化していきます。勝二さんも息子さんも現状から逃げなかったから到達できた心境で心に残りました。

 0903040193 講座修了後は、湯の鶴での意見交換会に入ります。大多数の水俣市民がなぜ水俣病について堂々と語れないのか、というところがなかなかピースバトンの人にとっては理解に苦しむ部分だったようです。ほっとはうすの加藤さんや石牟禮さんのお話しから理解するための何かしらの糸口はいただけたようですが、これからも考えていきたいと感想を述べられていました。

あやもchick

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コメント

コメントありがとうございます。

 水俣を発信すると主に現地水俣の人々から誤解を生みやすいのは残念なところですが、私自身も語り部のお話しだけではなく、調さんたちのように外から来られた方に感想を聞くことによって気づかされることは多く、再考したり身を引き締める機会をいただいています。
 人間が不完全なコミュニケーションツールとして「言葉」を使用しているからには「双方向」でなければならないと思っております。みなさんと湯の鶴で意見交換したように「まずは語り合ってみる」ことが大切ですね。「お互いにわかりあいたい」というのを社会の基本にしたいものです。
 一方で多くの若い人がさらに不完全な携帯電話やPCにコミュニケーションツールとしての機能を求めている現代で伝承に携わる我々があきらめずに挑みきれるのかもありますね。私たちに勢いが無くなっているときはどうぞ叱咤激励をお願いします!

水俣では、皆さんに本当にお世話になりました。happy01

これまで絶対!行ってみたかった水俣
写真集や主人の話から、漠然としたイメージを持ち続け
昨年、偶然とも云える水俣の方々との長崎での出会い。
時が、水俣へと導いてくれたようにも感じました。

実際に、その地に触れ、空気を感じ、人との出会いによって
自分が持ち続けていたイメージとのギャップを痛感し
人間のたくましさや心の強さを再認識させてくれました。

開発や発展の中に生み出される破壊の歴史
虚偽、裏切り、隠ぺい、黙殺
重なるごとに、埋もれて行く真実
声を上げ、力をつくし
人との繋がりを生み出した
心の強さとやさしさがそこにはあった…

何となくですが、こんな言葉が思いつきますclover

まだまだ、これから交流を続ける中で
考えを変えてくれそうな
新たな発見がありそうな
楽しみがあります

今後とも、どうか宜しくお願いします。tulip

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