« 2008年9月 | トップページ | 2009年3月 »

いきなりですがBGMとは!

私が東京で運動に関するインストラクターを行っているときにトレーニングルームを利用するお客様に提供する一つは「快適な場」であった。そうなのだ運動メニューを作成するとかトレーニングマシンの使い方を理解してもらう、運動の方法を紹介するインストラクションと同等に必要な気遣いは、快適な「場」を提供することであった。室内の温度管理、湿度管理はもちろんだが、BGMには気を使うように先輩からは指導されたし、後輩にも指導をしていった。
そこで流す音楽を選択するのは実に難しく、トレーナーは比較的若いために自分たちが好きなハイテンポなものが流される傾向にあった。だから、「この音楽がどうしてもいやだ」という場合は、お客様に合わせる。これが基本である。理由は、音というものは相当に暴力的なもので聞きたくないならば耳を塞ぐしかないからであり、耳を塞ぎながら何かをするというのはまあ、ありえないのだね。

ここまでいきなりBGMを力説するのは、まあ、そういう私のふた昔前ほどに解決されたというか、常識であったことがいまさらここ水俣の公共施設で通じなかったケースが生じたのですね。怒りのもとがいったい何かは読んでくださっているあなたには、わからなくてはなはだ迷惑でしょうが、知りたければお話ししますよ。前回に引き続き、またこのパターンかい!?って感じですね。まあ、自分の気持ちが納まっていないところの発露ですから、このブログ愛読者には非常にスミマセン。スルーしてください。

音響のプロが書かれている示唆に富む文章があったので以下添付します。


BGMについて
本文は日本音響家協会機関誌「Sound A & T」1998年6月号No14に掲載したものに手を加えたものだそうです。

BGMとは、日本音楽著作権協会の規定から抜粋すると、「演出意図を持たないで不特定多数に聴かせる音楽。」となっており、複製しない限り著作権料の徴収は行われない、となっています。 いいかえれば何の効果も求めないで、ただ無意味にCDを再生するのがBGMということになります。

 私はBGM本来のあり方は、そのBGMを聴く人にどのような効果を与えるかといった考察がなされBGM素材、再生方法が検討され、再生されるべきものであると考えます。
 ところが現実は音楽が流れていれば良いといった安易な使われ方や雰囲気作りに良いといった使われ方ががほとんどです。ブティックがたくさん入っているビルに入ると、各店舗が独自にBGMを流しており、音楽ではなく一つの騒音の固まりと化しています。店員も客もその状況の中で平然と仕事、買い物ができるという日本人の感覚も大いに問題があると思います。知らず知らずのうちに情緒不安定な人が増えているのではと思います。私は人が集まる所に使用されるBGMも、結局は効果音楽でなければならないと考えます。もし効果音楽としての考察が無いまま再生されると、先程述べたように、それはもう騒音以外何者でもないと思います。

~中略~

BGMについて提案をいたします。
 一般的にどのようなBGMを使用するか、またはしないかといった問題に関してまず、
 1、その空間の存在目的
 2、主たる空間のイメージ
 3、そこに訪れる人の分析(男女別、職業、年齢層等)
 4、BGMを使用する場合の効果の予測
 5、システム設計
 6、音楽選曲および編集

以上6点の問題点をクリア、実行します。

 1、2、3はその空間を建てるオーナーおよび建築デザイナーによって決定されます。4、5、6が音響デザイナーにより決定されます。しかしながら現実には4の問題が軽視(または無視)されがちです。ここに各人の趣味としての音楽感が優先されることが多々あります。ここで趣味が入って来るならばBGMは流さない方が賢明です。他人の趣味を強制的に押しつけられる方はたまったものではありませんから。

~中略~

音、音楽は身近に存在し、誰でも簡単に使用できます。その簡単さが音の取り扱い方を安易にしているようです。音は薬にも凶器にもなります。あえて言うならば麻薬に似ています。麻薬は専門職しか扱えません。音も専門職が扱うと薬になるということを一般に知らしめる必要があります。そのために私たち専門職である音響家の存在が必要なのです。

 私たちは音、人、心をもっと大切にし、本当の専門職=ProfessionalとしてBGMから大きいシステムの音響まで考えて行くべきです。今や機材がどうのといった議論よりも、音の人に対する効果、影響に眼を向けるようにしようにする事が急務であると思います。

市民講話者養成講座2009 第5回

0902190009 昨日の第4回講座「語り伝えるとは何か? ~先住民文化から学んだこと~」を受ける第5回講座のテーマは、「人に理解を得る話しのまとめかた」で、「いかに上手く話すか」ではないところがポイント。みんなは、第1回講座で宿題として出された作文をたたき台にして実施された。古屋さんがたたき台への自薦を受講生に促した。自ら叩かれるのが好きな私は、「はい、はい、はいっ!」と挙手したいところだが、主催ということもあって、我慢、我慢。Nさんが一人目たたき台に。方法は、いたって簡単で永野さんが話していることについて、知りたいこと、よく理解できなかったことを聴き手が突っ込みを入れていくという方法。
0902190013モチベーションが高い集団では、有効だがとりあえず参加している受講生がいればきつかったであろう。しかし、少数精鋭とは素晴らしいもので古屋さんの鋭い突っ込みに絶えながら、一番手Nさんは、話しをしていく。時間経過と共に話し方が慎重で丁寧になり、そして具体的になっていき、そのときの感情も加わる。Nさんの中で自分が体験したことを降ろしていくというか、租借する作業がスタートしているのだろうと思われた。語る人は、自分が過去に体験した出来事をしっかりと理解する作業は必ず必要だと感想を持った。教科書には、文体では伝えきれないことを語り部は話すことが最も大切で、加えて自分の心情や事柄への意味合い、ここから学んだこと、将来へつながる希望や展望が加味されると聴き手はさらなる興味をひきつけられる。
二番手は、Tさん。あまり時間が無かったので掘り起こし作業時間が足りなかったが、掘り起こしをしていくにつれて、百間に住んでいた子どもの頃は、気づいていなかった自然の変化に50年の時を経て記憶がどんどん呼び覚まされるだろうと古屋さんは予言された。
古屋さんの誠実なお話しと語り口そして豊富な経験により、単なるスキルとしての「上手に話すため」ではない講座にしていただいたことに感謝をしている。

市民講話者養成講座2009 第4回

0902180005 前回、どうすれば伝えられるかということへの苦心について書いたが、今日と明日の講座は、その課題ズバリに挑む講座なのである。ストーリーテーラーとして稽古(というよりお話しを聞くと修行!)を積み重ねられ。30年以上の活動をされている東京の古屋和子さんによる全2回の講座。初日は、語るというのは何かということについて考える。
古屋さんは事前に水俣病資料館語り部である故・杉本栄子さん、浜元二徳さん、永本賢二さんの語り部DVDを何度も視聴されている。そして、彼女が私に送った最も大きなメッセージは、「水俣の語り」は、エンターテイメントの語りではない!」と解釈した。(他の人は古屋さんから違うメッセージを受けただろう。語る人と受け取る人の関係とはそういうものなのだと思っている。)これは、若者に伝えなければならないという責務を感じている全国の語り部にも通じる言葉だ。この力強い言葉は、受講生でもある私に深い理解と次なる発想を与えてくれた。そして、講座の中で話される彼女の多くの体験は当日オブザーバーとして参加された語り部や講話者として活動されている人たちにとって実りのあるものになったようだ。語り部Oさんにとっては「今後の語りに大いなる影響」を与えるものであったとの感想もいただいた。

0902180041 以下、本日の講座については、これだけ説明するにとどめたい。古屋さんは、3つの種類の異なるタイプの語りをされた。①本の朗読(天切り松闇語り 第一夜より 作者浅田次郎氏の著作ボランティアを得ている)②酋長シアトルの演説(160年前)→以上は、会議室内での実施③琵琶による語り→屋外で実施 私は主催側でしかも受講生という最も有利な立場なので最も今回得をしているだろう。様々な要素が伝える人と伝えられる人を作り出す。古屋さんのように「環境」を自然、人、文化等と連関させてデリケートに捉える人のみが「環境」という言葉を使ってよいのではないのか!?そして、古屋さんがストーリーテーラーをライフワークと決定付けさせる先住民文化について話しをしていただいた。

0902180027 古屋さんはさまざまな具体例と柱をい押さえながら話しをされた。それを書くことはできるが文章が稚拙な私は、細かく書くことによって、これを詠んだ人が「結局、語りはテクニックが必要なのか」という結論に達することを恐れるのだ。もし、同じ課題で苦心している人、考えている方たちがいれば、「そのときのお話しは直接したいな。」と思うし、もっと本気なら古屋さんにお話しを聞きに言ってください。冷たいようだが、大切なこと、重要なことはそこらへんにに転がっていないと思っている。

近頃はやりの教訓病。

エコを怪しんでいる人はもうずいぶんいると思う、そしてその怪しむ心は大切であると感じる。

私が最近怪しんでいる言葉。
教訓ってなんだ。
最近どうも教訓という言葉さえ言っておけば間違いなし、という風潮を、そこらかしこに感じるのである。

でもこのように老若男女問わず流行る言葉に共通しているのは、すごく便利でラクだということだ。
自分の言葉でもなく、意味もわからず使用する。
どのような意味を持ちどのような事柄からどのように使用するのか。
どう周囲に影響していくのか。
そのような面倒なことは考えなくてよい。

次々どんどん垂れ流し、無害だの有害だの二の次、
とりあえず目前の面倒な事を片付けるために、
とりあえず儀式をまとめるために、更には昇進するために、
さあさあ教訓を使いましょう。


何もそんな大げさな、と感じられるかもしれないが、言葉というのは使用する当人の人格や姿勢や行動にも影響するのだ。某アメリカ人女性いわく、「日本風に習って“主人”というと、急に自分がパートナーよりも小さく感じるのです」なるほど。

この地域で使用する教訓ほど教訓になっていない教訓はない、と私は思う。

もちろん当然ながら例外はある。
今日の第三回市民講話者養成講座がそうだ。
講師原田正純氏は何が教訓であるのか明確に掲げており、根性の悪い私も深く頷いてしまった。
別に「教訓」が悪いのではない。問題があるのは使用者であり使用法である。
「エコ」もまた、しかり。


市民講話者養成講座2009 第3回

0902160029 ついに原田正純先生の登場である!しかも今日の講座は、受講者のみ限定にしているので5人で先生の話しを聞くことができるゴージャスな講座である。
ちょっと話しは外れるが、MKPでの修学旅行や環境学習のプランをたてる際にお奨めしているのが「少人数制」である。お金(謝金とか交通費)も手間(多くの人を動員しなければならないことと公共交通機関が発達していない水俣では経費もかかる)もかかるが、子どもたちの柔らかいハートを「グワシッ!」というよりも「キュッ♪」とそっと掴んで揺さぶる力というのは講堂で一塊にされて話しを聞くのとは段違いなのである。
0902160006 現場の先生の中にも一人ひとり漏らさない授業を試みられている方なんぞは、きっと授業の方法に日夜苦心をされているのだろうな。
原田先生も大体は、100人以上の聴衆を相手に話しをされているので、のどかとも言えるこの人数比に嬉しそうにされていた。どれだけ、聴衆が理解しているかは、双方向でコミュニケーションをとる方法しかない。聴いているか寝ているかは、顔を見ればわかるのだが、私のような横着な年代になるとわかっていなくてもとにかくうなずくという芸達者は多い。(最前列で聞いているおばちゃんが「うんうん」うなずいても「おお、私の話術もまんざらではないぞ」と自惚れることなかれ!講話帰りに寄った喫茶店で仲間のおばちゃんたちと楽しそうに虚仮おろしているっていうのは普通だからね。)少人数だとそれが確認できる。そして、話しを戻して解説することもできるのである。本気で伝えたいと思っている講話者にとってそのストレスは大きく、最後に主催者が「いや~、勉強になりましたよ先生っ!」てなこと言っても天狗になることなく「うむむ」なのだろう。
しかし、「100人の聴衆全てに伝える!」など超能力者あるいは教祖様的発想をせずに「このなかの一人にしっかり伝えたい!」となるとそうモチベーションは下がらない。(あっ、このあたりの低いレベルはあくまでも私の話しです)何年か後にフラッと若者あるいは子連れの家族が水俣にやってきて、「あのときの話しを聞いてこういう仕事につきました!」なんて言ってもらえると、私の役割は果たしたのだろうな。と思うことだろう。

ああ、先生の具体的な講話に触れずに終わってしまいました。
すみません。

byあやもchick

市民講話者養成講座2009 第2回

  2回目は、相思社のご位牌の前で遠藤邦夫常務理事による講座。私たち受講者(未来の講話者)が何を話すべきなのか、何を水俣・芦北に来る子供たちに伝えたらいいのか、そして、それと遠藤さんの講座が何のヒントになるのかということを話していただいてからスタートしたので動機付けがきちんとなされたように思う。プロローグというのは、大切ですね。

 Dscf1345それから、歴史は捉え方によっても意味合いが異なってくるので、あくまでも遠藤さんの捉え方であるという前置きもあった。歴史の授業は、「645年大化の改進」で一言で終わってしまう。水俣病なんてのは「四大公害病の一つ」で一行で終了してしまい、テストに出るレベルで言えば、水俣病の原因となる化学物質を下から選びなさいがポピュラーでしょうね。私もそんなテスト受けたな~この教育を延々と受け続けた世代というのは、彼が言うところは、なかなかにわかりづらいのである。しかし、水俣にフィールドワークに来て、山、海、川と親しみながら地元民と交流したりヒアリングを重ねたり、そして私らみたいなインタープリターと話しをすると高校生から大学生であれば、理解できるようですね。

 Dscf1334 最後に特筆しておきたいのは、講義の場所となったご位牌のある相思社和室について。私は、講義の場所として非常に気に入っている。前回、旅行社の方々を招いて、大矢さんの語り部をしてもらったが、聴き手の集中力と聴き手が話し手に純粋に気持ちを開いていること、そして話し手も話しを誇張することなく、あるがままを表そうとしているという雰囲気が後ろから見て伝わってきた。ご仏壇というのは、自宅に一つは必要なものではないだろうか?と最近は考えている。

byあやもchick

市民講話者養成講座2009 第1回

  講座の第1回目がいよいよスタート。この講座は、水俣・芦北を語り継ぐ(もちろん水俣病とは切り離せないのだが)語り部が高齢化や体調悪化で未来への口頭伝承が危ぶまれている現状を何とかできないものか…ということで開催した一般住民対象の講座である。
沖縄ではひめゆり同窓会の方たち等様々な団体が「自分たちが活動できるのはせいぜい長くて20年。それまでに若い人へ伝承のバトンを渡したい。」ということで、それぞれ工夫と試行錯誤が始まっているのは、先のブログ「沖縄ヒアリング①」から「沖縄ヒアリング④」までに記した。
 Dscf1303水俣・津奈木・芦北いっせいに新聞折込みチラシによる募集を行った。そして、今までMKPとの関わりが全くなかった2名の応募があり、担当者の私とみうちゃんは盛り上がる!水俣の現在をご存知でない方は、「何で2名で喜ぶの???」だろうが、我々の喜びは、水俣で水俣病を語る難しさを如実に表しているのだ。まあ、人口比から考えてもスゴイと思います。
初日は、オリエンテーションを実施。この講座の意義と私たちの喜びを素直に受講者に伝えた。
  そして、喜ばせて落とす!ひどい主催者だね~400字詰め原稿用紙10枚の宿題を発表!これは、第4・5回講座で語りのプロに来ていただくのだが、自分が講話者となって伝えたいことをまずはまとめてみるという宿題なのである。水俣病語り部は、水俣病で苦しんだ。それを考えると原稿用紙を10枚詰めることなんぞ何の苦労だろうか。あっ、ちなみに私も受講者なので独裁者とは思わないでくださいまし。

Dscf1314 オリエンテーションが終わりいよいよ講座に入る。濱元二徳さんと杉本肇さんの語りで幕開け。近所のおじさんだった濱元さんの今まで知らなかった人生に驚く受講者、小学生の肇さんが背負わされた一家の担い手としてのプレッシャー…それぞれの感性で受け止めることができたようである。

沖縄ヒアリング その④

0901290110  最後は、沖縄平和ネットワークのヒアリングである。こちらは、水俣で言うところの相思社です。つまり、ガイドは、事業の一部であって、「平和活動」が根幹なのである。こちらもご好意で修学旅行で福岡県から来た中学生達のガマ見学をガイドしているところを見学させていただく。他団体の現場を見る機会は、なかなかないので、自分たちのガイドを振り返る上で0901290127参考になった。

そののち、那覇市内の授産施設でヒアリング。忙しくてなかなかつかまらない事務局長にも参加いただいて貴重なヒアリングとなった。

0901290135 せっかくなので…ということで、美貴もなか片手にさらに図々しくも事務所にお邪魔する。辺野古の基地問題、憲法9条、自衛隊の問題等々こういう系統の問題は、沖縄が一身に背負い込んでいる感じは否めない。
まだ私は、長崎出身なので戦争とか基地について考える機会は本土の人間としては多いのだろうが、だからと言ってそれらにより何か平和行動をしたわけでもなく、こうなると「水俣病を知らない、知ろうとしないしていない」なんて他人を評する威力もなくなるのである。

あやもchick

沖縄ヒアリング その③

  09012800762日目同日の沖縄県平和祈念資料館でのヒアリング。沖縄県職員さんの提案で「せっかくなので友の会の方たちと交流をしたら?」ということでガイド養成講座ヒアリングにプラスして、友の会お二人とお話しをすることができ、しかもご好意で館内案内もしていただく。


0901280081 館内では、ひっきりなしに修学旅行とおぼしき生徒たちが行き交っているのだけど、どういうモチベーションで来ているか。どこまで理解できているのか、理解しようとしているのか、というのは、資料を「視る」あるいは「読み込む」目付きでわかってしまうのだよね。
あ~、目線が職業病である。同時に一見学者としての目も持っておかないとイカン、イカン。

あやもchick

沖縄ヒアリング その②

 0901280042 2日目午前中は、対馬丸記念館でのヒアリング。対馬丸記念館語り部である友寄さんには昨年度の事業で水俣で語りをやっていただいている。友寄さんは、同級生が対馬丸撃沈で亡くなられているが、ご自身の体験ではないが、私たちがいうところの体験の無い語り部として既に活躍されている。

 
 0901280072 昨晩は、対馬丸記念会の現状等をヒアリングさせていただき、今日に至っている。教え子でかつ元ラジオ局アナウンサーである高峰さんが記念館の次世代案内者として、ぼちぼちと活躍されているそうだ。今回MKPが実施している講話者養成講座については、対馬丸記念会の講座をかなり参考にさせていただいている。
「7回の講座は、長すぎる」という声もあったが、始めから横着するのは良くないと思っている。「そぎ落とせる部分は、いつだってそぎ落とせるんだからさ。」という確固とした意思なのである!文句言うなガルル~ッ!
これについては、3日目の沖縄平和ネットワークでのヒアリングで「講座を短く、簡単にすることによって、内容も権威も無くなり、さらに人が集まらない悪循環を招く。」という力強い一言をいただき、自信を持って水俣に戻ってくることができた。

あやもchick

沖縄の食

0901270012  「沖縄に来たからにはとりあえずアグー(黒豚)の入ったソーキそばは食べないとならんだろう。」ということでひめゆりの道すがらで見つけた糸満市「百美(ひゃくび)」で昼食をとる。1時過ぎていましたが、地元の人かな?結構賑わっていました。お庭つきの大きな民家を改装したようで10度前後の水俣から一気に20度の世界に放り込まれた私たちは、陽のさす縁側の席で沖縄料理を食しました。

0901270009  おそらく素材を煮込むときは、基本は「塩茹で」なのでしょうね。本土の男性は物足りなかったようですが(笑)、私は美味しいと思いましたね~。特に海草をさっぱりと煮付けた小鉢が美味しかったなあ。

あやもchick

沖縄ヒアリング その①

 平成21年1月27日~29日沖縄ヒアリングの旅をMKP小田、森山とガイドの西田さんと実施。旅立つ前にMKP理事長(あっ、先般 吉永利夫専務理事が理事長になっています!)より、私のタイトなヒアリングスケジュールを見て「うげっ、こんなスケジュールオレ行かね~」と実にモチベーションの下がる一言を頂きましたが、こんなことでひるむ私ではございませんっ!

  3日間みっちりとヒアリング三昧。
初日は、ひめゆり祈念資料館です。ひめ0901270013ゆりの塔があったこの場所には、現在、質実ともにりっぱな資料館が建っています。素晴らしいのは、この建物は、ひめゆり同窓会の人たちが全国行脚をして建てたこと。建築に際しての行政支援は受けていないそうです。おそらく全国に在住している沖縄県人会の力強い支援もあったかと思いますが、その牽引力には脱帽です。
この施設は、広島原爆資料館に次ぐ全国2位の集客を誇り、年間入館人数を入館料で掛けると収益のすごさは計り知れ、専従の学芸員も自力採用!まあ、沖縄という誘致力の利があるにしても、NPO等の財政事情を知っている私としては、スゴイと思うしかないですね~

  知る人ぞ知るA学院高等部入試問題というのが2005年におきました。それについての「許せない部分は許せない」という熱いものと「同時に自分たちの証言を振り返る」冷静な対応も非常に参考になりました。
年間80万人の入館者があれば、刹那の忙しさにかまける部分が生じますが、この問題については、特集を組んで次世代が語り継ぐあるいは検証する材料として時系列の記録と各関係者の文章を残していることも参考になりました。

0901270023左は、私たちがヒアリングしている最中も途絶えることなく来館する県外の生徒たち。事前学習の量によって生徒が現地で吸収する質量と比例するという状況は、水俣と同じようである。このあたりは、現場の教諭の頑張り如何なのだ。水俣現地でのコーディネートが活きるかどうかはトドのつまりはココなのだよね。

« 2008年9月 | トップページ | 2009年3月 »