« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »

ファシリテーター研修     MIU

28日、ファシリテーター研修が行われた。
講師はNPO地域交流センター 研究員山口覚さん。
プロンニング職員の他、市民ガイド、相思社からも参加した。

最初はそれぞれ自己紹介から実践。
一回目の自己紹介は自由形式で、2回目は課題が与えられた。
1名前
2夢
3自分を食べ物に例えると

最初にテーマを持たせることで、
話が苦手な人でも答えやすくなる。
また、逆に話しすぎて周りが見えなくなる人のために
「話は一人1分」と主催側がルールを決めることも大切だという。
つまり何事も先手必勝ということだ。

ワークショップとは?
会議と何が違うの?
ファシリテーターって一体?

今回の研修でよかったのは、STEPに沿って参加者全員で考え
思いついたことをいくらでも発言すること。

「ファシリテーターとは」
・引き出すひと
・汲み取るひと
・コントロールしないようでしているひと
・リードしない
・主役ではない
・タモリである
・さんまである
・いや、さんまそのものである

参加者から出てきた全ての答えが、正解だそうだ。
「盛り上がらないワークショップでのあて方」
「最終的に多数決でも、そこに持っていくまでの経過が重要」
など、様々な手法、そこに結びつく考え方を学んだ。
教授いただく内容からもそうだが、
山口さんまるごとそのものが「お手本」であるので、
言葉遣い、仕草、表情、振る舞い、全て勉強材料であった。

私の関心分野であるデザインは、
田舎になればなるほど、目に見えないわかりづらい仕事だ。
しかし、ファシリテーションというものは、さらに、はるかに、それを大きく上回る。
地元のじいちゃんばあちゃんには理解不能であろう。
ある種いかがわしい印象さえ受ける。
しかし、なくてはならない重大なポジションなのだ。

デザインもインストラクターもコーディネーターもファシリテーターも、
横文字が可愛くない。
もっと日本人らしい奥ゆかしい呼び名はなかろうか。
個人的な趣味だが、店子(たなこ)という、音の響きが好きだ。

やや横道にそれたが、はるばる来ていただき
「一生懸命参加すればするほど楽しい」研修を演出された山口さんに感謝。
代表してお礼申し上げます。
今後の修学旅行に、ワークショップに、実践させていただきます。

余談だが山口氏は森山さんが見そめて引っ張り込んだ講師でした。
彼女の目は節穴ではなかった!

心ばかりの似顔絵をお贈りした。
Yamaguti

海と女島で考えた        MIU

なにしろびっくりした。
おばちゃんと来たら、吉永さんを見るやいなや目を潤ませて、「まあ、まあ、あんた。まっこて、まあ。」だ。

10日、芦北町の女島に吉永さんと訪れた。女島は初めてではなかったが、彼と一緒に来たことはない。
天候は良く、11月だというのに車の窓を全開にしなきゃ暑いくらいだった。
近々語り部としてお世話になる女島の松崎さんに挨拶(私の場合は初対面なので自己紹介)をして、せっかくここまで来たので、他も何件か寄ることになったのだ。この島に住み患者家族として闘い、それを支援してきた吉永と、古く付き合いのある人々である。

木下のおばちゃんは本当に嬉しそうだった。それはまるで、戦場に出て音信の途絶えた息子が、ある日ふらりと姿を現したときの母のような顔だった。
吉永は水俣に来てから三十余年、私と大して年も変わらない頃から、患者さんの自主交渉に関わり続けてきた。
その頃どんな人とどんな風にどんなことをしたのか、そしてそれがどんなことを生み出し現在に反映されているのか、吉永が自ら多くを語ることはない。

しかし、そんなもの、おばちゃんの顔を見れば、少なくとも彼がこの島にとって、(正確にはこの島に住むこの家庭のこの人にとっては)どんな存在であったか、想像に難くない。彼はおばちゃんにどんなに感謝されたって、「自分が彼らを助けてやったんだ」という傲りなど微塵もないだろう。それは患者に対してだけではなく、今も変わらない。
それがいいかどうかは別として、湯の鶴のおばちゃんが「鍋の新しかとがほしかばってん」と困っていれば、よかれと買っちゃうし、また決して恩に着せるタイプではない。自主交渉とは次元が違うぞ、と思われる方も多いかもしれないが、「物事をいい方向へ持っていきたい、自分にできる限りの手助けをしたい」という根源の思いは同じなのではないだろうか。

3件寄った女島の人々は、どこも突然の吉永の出現にこぞって感激し、歓迎した。
「あんたには、いつかちゃんと(お礼を)言わんばん、言わんばん、ボケてしまう前に、って、思っとった、まっこてなあ。世話んなったもんなあ〜ほんなごつ。水俣病やけん、視野は狭うなった、なったばってんなあ、なんていうかな、心のな、こころの視野は、広うなったっばい。吉永さんな、ありがとうなあ。言わんばん、て、思っとった。」

海が目前に広がり、茶の間もほんのりと潮の香りがする。
玄関から吹き込む潮風がしみて、私も目の奥が熱くなるのだ。

筆  小田 実宇

※タイトルは沢畑亨著 「森と棚田で考えた」 引用

甲南女子高校 事前授業

水俣へ修学旅行を誘致する際、旅行前にプランニングからその学校へ出向き、授業をする「事前授業」なるものがあります。できることなら訪れる全校にこれをするのが理想的ですが、予算あってのことで無理強いはできません。

昨日は神戸甲南女子高校へ事前授業へ行ってきました。
神戸甲南女子高校は毎年2泊3日で水俣へ訪れる一風変わった私立校です。
普通なら吉永が行うところですが、やはり革新的な校風はここにも出るらしく、ご指名を受けた私、小田は無謀にもその挑戦を受けて立ち女子校に足を踏み入れました。

伊丹空港からリムジンバスを利用し三宮に降り立ち、軽快な足取りで駅へ向かいました。
“不思議と身も心も軽くなった”なんて暢気に構えているのも一瞬であり、
それもそのはず今しがた去っていった車内にキャリーバックをまるごと忘れておったのです。
(日本旅行の上田さん協力のもと鞄は手中に戻りました。ごめんなさい、ありがとうございました。)

まあいい、これも話のタネにしてしまえ、ということで 手持バッグ一つで甲南女子校講堂へ。
勉強熱心な甲南女子校のみなさんは水俣病の経緯についてはある程度の理解をしているそうで、私は事前授業というにはかなり異質な話をしました。
水俣病と学校教育 水俣で育った私たち生徒ほど水俣病への理解が少ないこと
チッソ企業とミートホープ企業  内部告発の勇気と裏切りとプレッシャー
エコスクールってなんぞや    甲南女子校のみんなだからこそ吸収できる「水俣」がある
水俣に来るときはこんな心持ちで....
エトセトラ。
しかし、なかなか、難しいものです。後になって表現の不足 伝えきらなかったところなど、悔やみます。
後悔が先に立てばいいんだけど。
一生懸命聴いてくれた生徒のみなさん、先生がた、本当にありがとうございました。
話をしながら、真剣に聴いている一人一人の「目」が何よりも救いで、今でも思い出せます。
またリベンジさせてください。

しかし、配ったプルフィールを読んでるときが一番、生徒さん真剣だったな。要工夫です。

« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »