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upupCafe

Img_5790 「温暖化防止ウンヌン」に関するプレゼンにみうちゃんと参加してみる。プレゼン自体は、まあ、うまくいったのだろうな。皆さんに褒められたし。
だけど、「水俣から発信している→つまり汎用性に欠ける」部分と「イベントに陥った人数こなしプログラムにしたくない!→つまり何百人こなせないとダメ!」だったようですな。どうしても譲れなくて審査員にマイナスだったことは認めますね。だけどとれりゃあ、いいってもんでもないわなあ~。きっちりと人間が理解できるってのには、時間と人数の要素が多く関わるからね。まあ、理解してくれないならしょうがない。

Img_5791 ってことで、すっきりと自己分析後にみうちゃんと健軍神社横「upupCafe」へ。なんと、ランチバイキングスタートの日でデザートバイキング、ワンドリンク含めて990円!さらにさらにバイキング以外に一品パスタ、グリーンカレー等から選べるの♪
私は、とってもHOTなグリーンカレーとバナナとココナッツのドリンク、みうちんはパスタを選択!「田中さんゴメンね~」などとここにいない人にほざきつつ舌鼓。やっぱたまにゃ街中の激戦区の洒落た店で食事せにゃあ、舌が馬鹿になるぜいっ。 byあやも

水俣をプレゼンして振り返る(改題)

028  「水俣芦北地域への教育旅行誘致」という立場のニンゲンと「社員研修と教育旅行先の開発」という目的のニンゲン達約40人が水俣で初めて出会う。
水俣に来る前は、日本全国をセールスしていたので名刺が山のようになっていた。二酸化炭素まき散らしつつ、飛行機による瞬間移動を繰り返し身体に負担をかけた結果できた山である。しかし、ここ水俣に移り住んでから、(プランニングに入る前から)自然と遠くの人たちと繋がりができるようになった。
不思議な土地だね。

水俣というのは、「生きる」ことをシビアに考えて行動しなければならない土地といえる。「水俣病」という言葉や関わりのある様々な物事や人々と戦ったり、取り込んだり、妥協したり・・・。
最近流行の脳科学者あたりが分析すると、「ベーターエンドルフィンが噴出することで都会では得られない脳への刺激が・・・」やら「水俣に訪れた時に得られるクオリア的にいえば・・・」みたいな何かがあるのかもしれない。
水俣市役所名物(?!)水俣市立水俣病資料館館長・吉本氏は、「水俣に住むと哲学者になる」と言っているそうだ。癖になる土地「水俣」・・・ありそうな話し。

↑この辺りが、実は重要なのだが、意見交換会の時に、プランニングの不肖吉永(はははっ!上司だぜ)は、この辺り周辺事項を一切かっ飛ばして説明をはじめた。
そして、懇親会で I さんより鋭い突っ込みが吉永に入る!「森山さ~ん来て来て」と言われ、会席料理を味わわず口に突っ込んでいた私は、席を移す。

057  I さん、まさしくその通りです。重要部分を欠いた実に不十分な説明でした。
長年誘致に関わっている諸氏は、旅行の中に「水俣病」を中心に据えることに臆病になっていたのかもしれない。しかし、水俣病は水俣市民のみならず環不知火海に居を構える人々は、逃げ出すことができないテーマなのである。
「水俣病」を避けずに真っ向勝負して乗り越えて生きている人は強い。
「水俣病語り部」のみなさんがまさしくその例
である。
過去の歴史から反省し、現在を懸命に生きて、未来の人たちに何かを残す。
字面にすると相当偉そうな感じになってしまうが、 I さんが実施している仕事は「旅行業」という名を借りた「人間教育」とか「環境保全」を実施しているわけで、とてもやりがいのあることだと思う。それからすると、せっかく面白いプログラムを持っているのに伝えられない水俣NPOの我らなんぞは、「現在を懸命に生きて」って部分が欠如していたと反省する。「NPOだからセールスが下手」なんて言い訳にも何にもならんね。
「私の言うことわからんなら、売りませんっ 損するのはそちらですっ!」ってぐらいの気概を持っていた○年前を思いだし、もしかして新人社員より私が勉強になったかもね。ふふんっ♪

009_3そして、親水護岸でガイドをしていた私に傘を差しだしてくれたN所長(ですよね?)の自然な大人の所作に、新人研修担当時、単純バカ鬼教官だった○年前アドレナリン噴出しまくっていた我が身を振り返り、「大人の余裕ってこれだよな~」とガイドしながら反省もした。

こういう機会を与えてくださった
様々なヒトと事々に感謝。

                           byあやも

田んぼの中心で合鴨と叫ぶ 2

筆:小田 実宇
田ぼ中 「1」を読んでからお読み頂ければ幸いです。

彼の名前は、びっこちゃん。 通常、合鴨に名前はつけないのですが(何十羽といますから)彼は足が悪くいつもひきずっており、非常に目につく存在でした。どういった経緯でそうなったのかは知りません。ある日、片足が途中からプラン、と離れそうになっていて、気付いた母が慌ててギブスを作って治療したところ、なんとか繋がったそうです。

彼はとても貧弱で、なかなか群れにも馴染みませんでした。

人一倍、鴨一倍、田んぼデビューが遅かった。
リハビリセンター(調子の悪い合鴨たちが一時的に群れを離れ静養する小屋)から卒業できない状態が長く続きました。
びっこちゃん以外にも未熟な子たちはおりまして、彼らはリハビリセンターと田んぼを頻繁に往復していました。
仮にその子達を「遅れがち組」としましょう。彼ら「遅れがち組」は、デビュー以来一度として入院したことのない「優等生組」に比べれば、劣っていたのは言うまでもありませんが、ほとんどの生活をリハビリセンターで過ごす最高劣等生びっこちゃんよりは、曲がりなりにも田んぼで頑張ろうとする分、出来がいいとも言えます。
そこで不思議な現象がおきました。
遅れがち組よりも、出来損ないのびっこちゃんの方が、身体が大きくなったのです。
しかし、遅れ組の方には、「大人の羽」が生え始めていた。
びっこちゃんは、巨大な身体なのに、ふわふわの雛鳥のまま。
(優等生組の子たちは身体も大きく羽も立派になっています)

ようするに、ニワトリで言うなら
びっこちゃんは「図体のでかいひよこ」で、遅れがち組は「とさかの生えた小柄な若鳥」
というような状態です。
これは、もともと小さな体つきの「遅れがち組」が、自然界に出て栄養も十分にとれず悪戦苦闘の日々を送るうち、肉体的にはやはり貧弱ではあるが、その環境下で確かに鳥としての進化を遂げていたということです。

さて身体の大きさだけが成長をとげ、肝心な生物的進展の見られない赤ん坊びっこちゃんは、数日前から、やっと田んぼに出れるようになりました。
次々と周囲が田んぼデビューを果たし、外界で活躍している中、一人、リハビリセンターという温室で過ごして来た彼です。
体力面だけでなく、集団生活そのものに対して慣れが足りません。
それでも必死になって仲間についていこうとする姿は、とてもけなげなものでした。
遅れ気味になってしまうカモは他にもいますが、彼の場合は極端に離れていて、気持ちは同行していても、傍から見ている分にはほとんど別行動でした。

合鴨は田んぼにいる生物だけを食して生きているのではなく、人間が餌を与えます。一日に二度程の、食事。
量が多過ぎては本来の仕事に差し障りますが、人に慣らしておくことや、最低限の栄養補給が要るのです。
人の気配を察して、「ああ、ご飯ば運んできとらす!急がんば」と、合鴨は大きな声をあげ近寄ってきます。
びっこちゃんは、それがわかっているのかどうか微妙なところです。
ただ、仲間が動いているから、動こう。
ひたすら、ついていくのに精一杯で、どこに行って何があるのかなんてところまで、考えていないようです。
それでも、その頼りない姿を群れの中から見つければ、私たちは
「今日も生きてた」
と、ほっとするものでした。

昨日のこと。
母上が田んぼに様子を見に行ったところ、びっこちゃんの姿が見えない。
おかしいな、と思って探しても、姿が見えるのは「優等生」と「遅れがち組」のメンバーばかり。
いずれにしろ、立派な羽の生えたカモたちです。
あのたぐい稀に見ない妙な体格バランスのびっこちゃんは、一体どこへ行ったのでしょう。

彼は、無惨な姿で草むらに埋まり、動かなくなっていました。
田んぼに出る様になって本当に間もなく、とうとう、やられてしまいました。
「彼は障害を持ちながらも、懸命にやってたじゃないですか」
なんて、カラスにとっちゃ知ったこっちゃないでしょう。むしろ好都合。
どの子にしようか迷う事なく、狙いを定めることができたはずです。
「カラスだって生きているんだ、生き物みな平等に愛せよ!」と言う方も、
「カラスみたいな残虐非道な生き物は許せない!可愛そう!」と言う方も、
どちらの意見にも賛同する気はありません。
合鴨栽培は私達にとって生活の糧でして、その中でカラスは天敵で、非常に疎ましい存在です。
中でもびっこちゃんは、立派な合鴨を目指し手塩にかけて育てた可愛い劣等生、それを奪ったカラスは憎くてたまりません。カラスの暮らしを考えて、いちいち愛の情など持っていたら、やっていけない。
ただ、カラスの生態及び行動そのものを残虐というなら、うちは残虐一家になってしまう。誰もが生き物の犠牲の上に生きていることは忘れて欲しくはありません。
直接手をくだしたか、くだしてないかの違い。びっこちゃんの肉も、母カラスじゃなくて小ガラスが食べたのかもしれない。でも、どっちだって同じことです。

Photo_4 そんなわけで、合鴨栽培は涙あり感動あり怒りありで、落ち着く暇もありません。振り出しに戻れば、言うまでもなく、ラクなわけがない。でも、ラクよりも大きな収穫があるから、こうやって毎年、様々な苦労を重ねて、続けているのです。

合鴨たちが群れをなし、青い稲の間と間を鮮やかに抜けていく光景は、とても美しい。
そのはるか後方に、進化に外れた珍妙な姿の落ちこぼれが一羽、
片足をひきずりながら、置いてかれまいと群れを追う姿が見える気がして、
ふと、目をやってしまう。

田んぼの中心で合鴨と叫ぶ 1

筆:小田実宇

Photo_3

私の実家では七反、田んぼをやっている。
農薬、除草剤は使わない、合鴨栽培である。

近所の爺様は嬉しげに仰る。
「薬ばまかんでよか、草むしりもいらん、
なんでんカモのやってくっで、そりゃ、ラクでよかなあー。」

いえいえ、そんな甘いもんじゃありません。
ラクでよかなあ、という心構えでは、合鴨栽培など100%できないのです。
「お手軽」を基準にすりゃ間違いなく農薬ぶちまいた方が早道です。
合鴨の役割は確かに、田んぼに生えたヒエなどの雑草を除き、虫を退治することです。うまくいけばヒトは除草も殺虫もしなくていい。
しかし、当然のことながら、合鴨の世話をするのは人間です。

生まれて間もない鴨は、一定期間、家庭の仮設小屋にいます。
そこで訓練を重ねて、ある程度までは、心身ともにパワーをつけねばなりません。この時点でも毎年、仲間に押しつぶされたりネズミに入りこまれたりといった事件事故が発生しますし、また彼らは非常にデリケートですので、室内の温度調節、水の管理などにも、気を抜けません。
「そぎゃん弱いのは頼りなか、最初から大人のカモなら安心ばい」
いやいや、それではダメなんです。
大きな合鴨では稲を倒してしまうので、いくら頼りなくとも小さな雛鳥でなければなりません。
つまり合鴨栽培というのは、お米もカモも成長過程での手法なのですね。

さて、数々の試練を超えやっとのことで田んぼへ出陣。
しかし、こっからが大変。
外に出るとたくさんの天敵が彼らを狙っています。
我が家の飼い猫とて、自然界に出れば決して味方ではありません。空の鳥ですら捕まえて食らうヤツらです。トロい、飛べない、可愛らしいの3点セット兼ね備えた合鴨なんて、そりゃあもういいカモなんです(そのままか)
まあ獣に関しては電流柵なんかで何とか対抗してるんですが。問題は、同じ、鳥類にいます。空からの敵は、非常にタチが悪い。

合鴨栽培最大の宿敵。それは、からすです。
そして今年は例年にないとんでもないやつが現れたのでした。
ほんとに頭の良い方で、かかしなんかじゃあ効果一切ない。
とにもかくにも鴨肉大好きで、我が家の母上なんか、おとりのためにとか言って他の食べ物を近くに用意したのに、目もくれないんです。
「俺が食べたいのはそぎゃんカラス騙しじゃあなか、あの新鮮で柔らかくてもじょくてたまらんカモの雛たい!あの味を占めてからは、豆腐なんて、比べ物にもならん!」

合鴨は常に団体で動きます。右向きゃ右、左向きゃ左。周囲を見て合わせて行動します。それが彼らの命を守る術だからです。十人十色、個性を大事に、私は私の道を行く、なんて言ってたら、あっという間に死にます。
合鴨に自分探しなんて禁物です。探してる間に喰われますから。
外敵が狙うのは、群れから外れた合鴨です。
今年も既に多くの「はぐれ」合鴨たちが犠牲になりました。
遅れをとる合鴨は、一匹狼気質な子であったり、ぼーっとしていて辺りを気にしない子であったり様々ですが、中には、ついていきたくても力量が足りず遅れてしまう子もいます。

ちょっとその子の話をしたいと思います。

続く

よきサマリア人

026 今日は、午前中いっぱいを使って水俣環境学習ガイド研修の一環として「普通救命講習」を受講した。不特定多数の人数と出会う私たちが、水俣に訪れた方達の万が一の事態を考えて、何らかの対処ができる知識と実技をすることは重要で大切なことと思う。

学生時代から10回ぐらい救命講習を受けたが、昔より実にシンプルになっていることに驚いた。まず、心肺蘇生法がシンプルになっている。その変遷の経緯は知らないが、やったとしてもせいぜい031 年に1回の講習会で、人工呼吸1回の秒数とか心臓マッサージ(今はこういわないで胸部圧迫法という)の回数が成人と子供で異なったり、もしもその場に倒れている人がいてもかなり躊躇する流れであったと記憶する。
5名と4名にわかれて、実施。
1サイクルが30回の胸部圧迫+2回の人工呼吸でこれを5サイクル実施。本来は、救急車が来ると言われる約10分間、「強く、早く、絶え間なく」頑張らなければならない。

救急法を多くのヒトがマスターしているのも大切だ。

次にAED(自動体外除細動器)は、心臓への電気ショックを与える機械で、正常な心電図では生じない心室細動が感知されたら充電を自動的にはじめ、音声で人間に指示まで与えてくれるスゴイ奴である。救命士の塚原さんからそれぞれ「子供の海難事故」とか、「喉に芋を詰まらせたばあちゃん」とかってお題ををいただきながら心肺蘇生からAED使用まで再び実技ができた。

017 救命人形のモデルとなったスウェーデン女の子は水難事故で亡くなり、両親が世の中の役に立ててほしいと、救命講習に使うため、亡き娘をモデルに人形にして提供したということである。スゴイご両親だ。

質問の時間もたっぷりあり、私は「救命法によって助けられなかったり、胸部圧迫で骨折した場合、救命者に対して罰則はないとは知っているがどういう理由なのか?」「確かサマリア人がなんとか・・・う~ん 詳しくは知らないなあ」周囲の我々も「う~ん聞いたことあるな・・・だけどわからん」とみんなで顔を合わせる。

「善きサマリア人の話し」
ある人がエルサレムからエリコへ下る道でおいはぎに襲われた。 おいはぎ達は服をはぎ取り金品を奪い、その上その人に大怪我をさせて置き去りにしてしまった。 たまたま通りかかった祭司は、反対側を通り過ぎていった。同じように通りがかったレビ人も見て見ぬふりをした。しかしあるサマリア人は彼を見て憐れに思い、傷の手当をして自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き介抱してやった。翌日、そのサマリア人は銀貨2枚を宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もし足りなければ帰りに私が払います。』
(ルカによる福音書第12章第30~37節)


025 日本においては、民法698条に緊急事務管理に関する規定があり、これによると、身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重過失がある場合でなければ、損害賠償責任を負わないとされており、この規定によりコモン・ローにおける善きサマリア人の法が目的とすることが実現できる。

現場で応急手当を施されていた傷病者の割合はわずか30%。他の70%は何ら手当を受けていなかった。手を出してもっと悪くしてしまったら困るからという理由が多くの「傍観者」を生み出している。「訴えられても免責されると考えられる」という法律関係者の通説は、治療のプロである医師を含めた一般市民には伝わっていないのが現状である。よって、単独の法律あるいは条文として善きサマリア人の法が立法化がなされることによって、一般の人による救助促進を望む声がある。 
                       紺色部分は 
Wikipediaより

こんなこと書いていたら横のTV(ダイハード)悪役のハンサムおじさん(ジェレミイ・アイアンだっけ?)が、主人公のマクレーンを「善きサマリア人」と連呼している。日に2度もサマリア人が出てくるとは!

by あやも

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